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龍と妖怪、三シャの願い
鬱蒼とした木々。熱帯独特の絞め殺しの木とも呼ばれるガジュマルの根は土の中では収まっていない。根は木の幹のように硬く丈夫な樹皮を持ち、一本一本がずっしりとした太さを持ち得ている。太陽の光を求めて我先にと土の中から這い出て複雑に絡まり合う。
そんなガジュマルの姿を暴くのは、太陽の色、赤みの強く優しい緋色ではない。青みを帯びた、冷たさを感じる白。月明かりだ。
今日は満月。十五夜と呼ばれる特別な日。
各地の城では神女たちがフチャギと呼ばれる豆餅を備え、来年の豊作を祈っている。
この地も例外ではない。越来城もまた、神女たちが十五夜の用意を終え、祈りを捧げている最中だ。
月明かりは青白い光であらゆるものを暴く。越来城内、フチャギを作りながら周りの目を盗んで何度もつまみ食いをしている城人。酒瓶片手にふらふらと家を出てすぐ、道の片隅でうずくまっている酔っ払い。
そして、越来城に隣接する森。一際大きなガジュマルの葉に隠れ、いつもと違う光景を怯えながら見守る赤い毛の妖怪キジムナー。
キジムナーの目の先には、大きなガジュマルの枝に苦労の末に縄を引っ掛け、これまた苦労しながら縄を結んでいる男。今この島国に生きているどの人間よりも長生きしているキジムナーだが、幼い子供のような姿の上に、心底臆病で恥ずかしがり屋なのだ。男に見つからないよう、うまく葉の影に身を潜めている。
やっとの思いで縄を結び終えた男は一呼吸してから、縄に首をかける。
正しくはかけようとした。が、できなかった。
「やめろ!」
男は大声に驚き、そのまま姿勢を崩してガジュマルの根元に尻もちを付いて倒れ込む。
自分以外に人間の姿が見えない男にとって、声だけ、しかもかなりの大声、怒鳴り声だけが聞こえてきた。声の持ち主の姿は見えない。この事実だけでどれだけの恐怖に包まれているか。
きょろきょろと辺りを見渡す男を見ているキジムナーは、珍しいことが起こったと首を傾げている。
キジムナーは声の主を知っている。よく知っている旧友なのだ。だからこそ、珍しいと首を傾げてしまう。人間嫌いの木の精が人間相手に声を荒らげるとは。
「……誰か、いるのか?」
男が小さい声で尋ねると、数秒後にため息が響く。そして、声の主、木の精は男の前に現れた。
「木の精たるわしに姿を現させた罪をお前はどう償う?」
動き回ることができるキジムナーとは違い、木の精は動かない。木の中、又は木々の中に宿り、静かに木を人を見守る妖怪だ。
「さぁ、応えろ、わしの問は聞こえているはずだ。僅かな時でも王の地位にいたはずだろう。考える頭がないはずがない。それとも、全ては兄の言いなりか? 兄嫁の策略に逆らわずに隠居しているのが証拠か?」
木の精は明らかに興奮している。いい意味ではない。発憤している。
「さっさと死ねとは常々思っているが「なぜ? 私はあなたに何をした覚えもない。あなたに、木の精を敵に回すことなど何一つ覚えがない」
ぼやりとしたままの目は変わっていないが、男は木の精の言葉の切れ目を探っていた。木の精の勢いに飲み込まれないためだ。
「私に死んでほしいと思っているものは多くいるだろう。この世にも、死後の世界にも。人間と霊の行列ができるほど、数えられないほどの人物の邪魔をしてきたのだ。数々の命を踏みにじって生きてきた」
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