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夜空のショー
「そ、空って?」
まったくこの金髪の少年は何が狙いなのかわからない。さっきは好きにしてと言ってしまったけれど、人にはどうしても譲れないこともある。ミユウの背中を冷や汗が伝う。
「ん?空は空だよ」
アキは窓の外を指差していう。
「まさか空を、見に行くの?」
再びミユウの手が震え始めた。
「そう!その通り」
「えっと…あ、そうだ。今の時間外を歩いたら風邪ひいちゃうかも。ね?」
「歩くってそんな。仮にもボクたちは魔法を使えるんだよ?」
「だからそれが問題なの!」
ミユウは目に涙を浮かべて叫んだ。
「え、意外にも飛行術苦手とか?」
アキは慌てて椅子から飛び上がってミユウに近寄る。
「そうじゃなくて」
「それじゃあ?」
「高いところが苦手なの!」
「えっそ、そっかあ」
アキの声が心なしか震えているのは気のせいではないだろう。ミユウはキッとアキを睨みつけ、杖を向ける。
「ごめんごめん。怖くないから、さ」
「聞いてなかったの?高いところが苦手って言ったじゃない」
目をしかめて杖の狙いを定める。
「だーいじょうぶ。暗いから高さなんてわからないよ」
それでもアキは動じずに、さらに近づいて手を差し出した。
「さあ、行こう」
また、捕まってしまった。
彼の目は不思議だ。普段は黒いのに、こうして時々銀色の光を帯びる。アキが意図的にそうしているのか、魔力の発散によるものなのか。ゆっくり、ゆっくり手を伸ばす。
「怖くも、寒くもないよ。それは保証するから」
手が触れた瞬間、二人は窓の外に出ていた。無意識のうちにミユウは繋がれた手をギュッと握り締めていた。不安に揺れるミユウの瞳をアキの手が優しく覆う。
「合図をするまで目を閉じていて」
アキはそう言うとブツブツと呪文を唱え始めた。肩下まで伸ばしたミユウの髪が夜風になびく。薄い膜が体を覆っていく感覚がして、冷たいはずの冬の夜風が暖かく、心地のいいものに変わった。同時にどんどん高度が上がっているのを感じて、さらに強く目を瞑る。
「もう少し」
すぐ隣から低くも高くもないアキの落ち着いた声が聞こえる。しばらくすると風が止み上昇も止まった。
「さあ目をあけて」
アキの声に誘われて恐る恐る目を開ける。
「ようこそ。夜の空へ」
目の前ではアキが目を星と同じ銀色に輝かせて微笑んでいた。彼の後ろには満天の星、星。空の上で見る星は輝きがまるで違った。
「すごい…きれい。夢みたい」
見渡す限り星が輝いていた。部屋の中からは雲に霞んで見えなかったというのに。
「すごいでしょ。でも夢じゃないんだ」
そう言うとアキはつないでいたミユウの右手をぐっと引っ張った。二人は手をつないだまま夜空を泳ぐように飛んでいく。魔法使いや魔女というと箒で飛ぶイメージを持たれることが多いと思うが、二人は箒を使わなくてもまるで鳥のように飛ぶことができた。人によっては箒をつかって飛ぶのを好む魔法使いもいたが、アキは道具を使わないほうが自由で楽しいと考えている。徐々に速度が上がってくると、星たちまでもが動き出したように見えてきた。
いや、実際に動いていた。縦に、横に、上に、下に。星たちはキラキラと虹色の軌跡を残しながら自由に動き回っている。
「これも、アキが?」
ミユウは目の前で次々と繰り広げられる星たちのショーに夢中で、恐怖をすっかり忘れていた。アキが言ったとおりに暗いし、おまけに雲の上に来てしまえば、どのくらい高いのかは全くわからなくなってしまっていた。
「うん。そうだよ」
「すごいね。こんなに素敵な魔法を見たのははじめて」
アキはミユウのもう一方の手も掴んで向かい合い、ぐっと上昇して後ろ向きに回転した。急に天と地が逆さまになって目が回る。
「きゃーーっ」
ミユウの声が広い夜空に響く。
「ふふ。油断したね」
いたずらが成功して、アキは嬉しそうにニヤリとする。ここまでくれば、ここが空の上だなんてことは完全に吹き飛んでしまった。頭の中で、どうやってアキを驚かせようかと計算をする。口には出さずに呪文を念じる。すると、ミユウの姿がパッと消えた。
「ミユウっ!?」
「アキこそ油断したねっ!」
ミユウは背後からアキの肩をポンポン、と叩いた。隙を狙って瞬間転移したのだ。
「もう。ミユウ魔法うますぎだよ。僕のが霞んじゃうじゃんか」
アキはすこし不満そうだ。あれだけ完璧な魔法を使えるのに、何を言っているのだろうか。
「そんなことはないよ。アキはとってもすごい魔法使いだと思う」
最初の警戒心はすっかり消え去っていた。こんなに晴れ晴れとした気持ちになるのはいつぶりだろう。笑顔が溢れてくる。
「ミユウはずるいなあ」
アキもそう言って星に負けない明るさで微笑んだ。その後も二人はひとしきり遊びまわってミユウの家まで戻ってきた。
ふう、とため息とともにミユウはベッドにどかっと座り込んだ。
「お疲れさま。楽しかった?」
アキはまたもや我が物顔で椅子に座っている。
「うん。ありがとう」
出会い方は失礼極まりなかったけれど、持て余していた時間を楽しめたのはアキのおかげだ。いまだにどうしてここに来たのか分からないけれど、疲れてしまって今から問いただす気にはなれない。だから素直にお礼を伝える。
「どういたしまして」
そう言ってアキは小さくあくびをした。机の上の時計を見ると、午前4時を指していた。久しぶりにはしゃいだ疲れで、さすがのミユウもまぶたが重い。
「じゃあ、僕はそろそろ帰るね」
アキは立ち上がって窓際へ歩いていく。
「ねえ、ひとつ聞いてもいい?」
「ん、どうした?」
ミユウが呼びかけると、アキは振り返って首をかしげる。
「このお花の名前は?」
机に置いていた白い花びらを手に取る。細長く、見覚えのない形をしている。
「今日は教えない。調べてみて」
「えーっ!」
「自分で知識を集めるのが魔法使いでしょ。
それ、ボク特製の枯れない魔法がかけてあるから大切にしてね。じゃあ、またね」
それだけ一気に言うとアキはパッと姿を消した。さっきまでのことが嘘のようにしんとした部屋の中を見回す。アキは彼の魔力の気配をひとつも残さず消していったようだ。とんでもない魔法使いと出会ってしまった。またね、と言っていたから、次に会う時までに花の名前を調べなくては。アキに負けっぱなしなのは悔しい。ミユウの手の中の白い花びらは相変わらず静かな輝きを放っていた。
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