vixen

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その音に顔をあげる。 電脳通信が入る。 地球の裏側に住むハッカー仲間の大学生、ルガだった。 『メリークリスマス、ユウ』 音声通信と一緒に、無駄に手の込んだエフェクトの動画データが送られてきた。 「気が早いな、こっちは試験前だぞ」 カレンダーは12月15日。 佑羽(ユウ)は、赤と緑に輝く大波に乗るサンタクロースサーファーの動画に視界を乗っ取られ、舌打ちする。 『まーだ定期試験なんてやってる国なんだ』 そう、無意味だ。 詰め込んだ知識の量を数値化して評価するなんて。 その評価の良し悪しで人生が決まるなんて。 もはや脳の中に情報を詰め込むのに、努力など必要としなくなったのに。 『試験勉強で忙しい?』 「まさか」 この国の教育は著しく遅れている。 教育する側より、される側の方が情報へのアクセスが速い。 『クリスマスプレゼント、  何がいい?  お前の学校の試験問題盗んでこようか?』 これをすぐに言ってしまうのが、良くないところだ。 ルガならすぐにできるのだろうけど。 「試験なんかどうでもいい」 馬鹿馬鹿しい動画を止める。 『いい点取るのは大事だぞ?  進学先選び放題。  …そうだ、お前に聞きたいんだけど』 ルガは、あるデータを送ってくる。 『ここの文字化け修正がさ、  なんでか上手くいかないんだよ。  お前の国の言葉じゃないかと思うんだ』 お互い本名は名乗らないし、住んでいる国も年齢も教えてはいない。 ルガは勝手に調べて知っているのだ。 知っていることを知られる程度に詰めが甘いのがルガらしさだ。 佑羽(ユウ)だって、ルガが南米大陸のどこかにいることを知っている(正確には家の番地まで特定したが、聞いたことのない地名なので忘れた)。 ただ、それを悟られない程度にとぼけるスキルはある。 南半球らしいクリスマス波乗り動画にも反応せず、文字化け暗号にだけ興味を向ける。 【霄ォ菴薙r蟇?カ翫○】 文書データらしい。 内容をよく見るために、イスから立ち上がった。 部屋の明かりを消し、外の雪の眩しさをカーテンで遮断する。 今の時代、ディスプレイやコントローラ、キーボードは必要ない。 6歳で全国民が脳に挿入するチップによって、現実世界に投影することが可能になった。 暗くした部屋の6畳空間。 電脳接続した視界の全面に文書を広げる。 【螳悟?縺ェ霄ォ菴】 【縺薙?荳也阜縺ァ逕溘″繧峨l繧玖コォ菴】 確かに漢字やカタカナが混じっている。 世界共通言語の採用と高性能の翻訳アプリの普及によって、文字化けの不具合に出会うことも滅多になくなった。 「なんなの?これ」 『噂じゃ、ゴーストを呼び出す呪文らしい』 「ゴースト?」 『ユーレイ?ボーレイ?お前の国じゃ』 一応知っている変換コードを使って修正を試みる。 “身体を????せ” “完??な身?” “こ??世界で生きられる身?” ぞわりと寒気がした。 日本語だ。 『な?  修正が上手くいかなくて。  お前ならちょっとは意味分かる?』 「抜けが多いから意味までは…」 『そっか。  この間マートが、  海溝でのサルベージ中にウイルスもらってさ』 実際の海じゃない。 ダークウェブの深淵の話だろう。 『オートプロテクト使ってたから、  大事には至らなかったんだけど。  その時残されたウイルスDNAの中に、  こんなのがあったわけ』 「災難だったね」
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