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ジジ、お前は死んだ人間のコピー。
つまり幽霊ってこと?
〈そうだよ〉
その声は、少女のそれだった。
なぜ、お前のオリジナルはコピーを?
〈バックアップ〉
バック、アップ。
〈生き返るまでの、一時的な〉
生き返るって?
〈ちょうどいい身体を見つけて、入る〉
にやりと。
笑うのがわかった。
“それ”は身体を持たず、だから顔も、唇だってないはずなのに。
「まるで憑き物だな」
目を開ける。
暗がりに倒れ込んでいた。
“それ”を停止しようとして、電脳コントロールが弾かれる。
「無駄。
もう脳に入った。
もう、憑かれたんだよ」
笑う声。
息遣いが。
驚くほど鮮明に。
記憶と思考が、暴かれる。
驚くほど。
滑らかで。
めまいもちらつきもない。
〈あんたの脳、一部が機能していない〉
「え」
〈脳幹からの情報の一部が遮断されている。
人為的なものじゃないな。
幼少期の外傷か感染症か…〉
彼女は笑う。
さっきとは違う。
ため息混じり。
〈私と同じだ。
時代に取り残される側〉
「同じ?」
〈私の脳も、
電脳チップの制御がうまく働かない身体だった。
これからの時代に取り残されていく〉
彼女の記憶が混ざる。
5歳程度だろうか。
幼い。
タブレットでコードを組んでいる。
プログラムが動くのを、声を上げて喜んでいる。
〈5歳までは、普通の子どもだった。
でも、電脳チップを入れる年になって、
私だけ人と違うことに気づいた〉
少し成長した後の記憶。
チップが全く反応しなかった。
電脳通信も、思考制御も、電脳技術が何も使えない。
〈ひとり、タブレットを持ち歩いて、
懸命に指で操作して。
周りのみんなと話してても、
電脳を使えないせいで、
タイムラグがどんどん開いて〉
ちゃんとした身体が欲しい。
だから。
〈あんな身体、
あんな脳、
捨てたの〉
コピーした後。
オリジナルが去っていくのが、最後の記憶だった。
〈私は電脳の海を漂って、
拾ったやつに乗り移ってやるつもりで〉
またため息。
〈なのにお前。
いくら電脳制御しても、
身体にフィードバックしない。
快楽漬けにして自我を消すつもりだったのに〉
「残念だったな」
〈本当だよ。
しかも年齢はまだ近いけど、
性別も違うし、
こんなはずじゃなかったのに〉
“それ”は顔を歪める。
〈でもあんた、
私と同じなんだね〉
「何が“でも”なんだ」
笑った。
鼻の頭にシワを寄せる。
鼻なんてないのに。
〈脳に入って分かったけど、
最後に風呂入ったのいつ?
身体ベタベタ。
口の中も気持ち悪い。
さっさと風呂入って、
身体洗って、口もゆすいで、
何でもいいからあったかいもの腹に入れて〉
「そんなキレること?」
〈自分で気づかないの?
この不快感〉
分からない。
〈さっさと風呂〉
「お前が脳の中にいて入れるかよ」
〈はあ?
言っとくけど、
記憶も思考も私に手に取るように分かる。
今更恥じる意味ないから。
それより下着の中も気持ち悪いから、
早く洗って〉
「分かったから、
流石に風呂の中では話しかけないでくれよ、
頼むから」
〈はいはい〉
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