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翌朝。
北側の窓を開けていた。
冷たい風。
用水路のコンクリートを見下ろす。
やっぱり、転落死が確実だろうな。
〈やっぱり同じだ〉
窓を閉めながら、その意味に気づいていた。
自分のこの思考は、彼女がその身体を捨てたがったのと、同じなのだろう。
昨夜見た悪夢のデータを確認し、消去する。
〈夢を記録しているの〉
「そうだよ」
意識と無意識の境界が強すぎる。
その通りだ。
「昨日、
久々に風呂入って、
あったかいもの食って、
綺麗な服着て布団入って。
心地よかった。
ありがとう」
〈その後見た悪夢が最悪だったくせに〉
「まあね」
ウイルスをネットワークにばら撒いて電脳災害を引き起こして、電脳警察のルガに追い回される夢だった。
〈もうあんたの脳に根を張った。
私を消すことはできない。
次に電脳接続した時が最後〉
記憶を、覗かれる。
〈優秀な頭脳を持ったお友だちがたくさんいる。
彼らのどれにしようかな。
みんな、双方向AIを使っているし、
ちゃんと乗っ取れそうだ〉
どうする。
電脳接続はできない。
ルガに助けを求めることもできない。
その思考も、読み取られる。
〈そう、ルガ、彼が良さそうだ〉
「させねえよ。
あいつとはもう関わらない」
電脳事故の怖さをよく知ってるんだ。
後先考えずウイルスを起動した佑羽に、迂闊に接続してくるわけがない。
〈いいよ。
あんたが孤独に耐えられなくなるまで、
待つだけだ〉
脳の中でとぐろを巻く。
呪い。
化け物。
これを外に出すわけにはいかない。
幾度となく想像した、自分の最後。
寝室へ行く。
窓を開ける。
干からびた用水路が、口を開けている。
そこへ。
『ユウ!』
公共回線を使って、音声通信が強制接続される。
「ルガ?!
止めてよ、危ない!」
『急に切ったのは悪かったよ。
あの後繋がらなくなって、心配したんだ』
〈優しい兄だ〉
“それ”は笑って。
ルガの身体を求めて回線を逆流し始める。
「ルガ!」
幸い、“それ”が地球の裏側へ辿り着くよりもはるかに早く。
佑羽が、コンクリートの地面に辿り着ける。
その脳に、“それ”が根を張ったまま。
窓から飛び出した瞬間。
「ユウ!」
ルガの悲鳴が聞こえた。
そうだ。
ルガの妹も同じだった。
電脳チップの悪性干渉で、身体のコントロールを失って。
転落死だったと思う。
「ごめん、ルガ」
一緒に行こう、ジジ。
〈嫌だ!
せっかくもうすぐ身体が手に入るのに〉
「ダメだよ」
〈やめて、死にたくない。
死にたくない!〉
本当に、同じだ。
それが。
バサリと。
落ちた。
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