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「黒ちゃん?」
嫌な予感がした。黒。狐。松林。情報を寄せ集めて推測を立てると、思い浮かぶ顔は一人しかいない。粗野で下品な男。しかも、菫に多大な興味を持っている。あの男の差し金だとしたら、不快なことこの上ない。
そんなことを考えていたら、急に腕の中の白猫がじたばたと、暴れ始めた。
「え? わ」
そのまま、鈴の腕からぴょん。と、飛び降りてしまう。その瞬間。さっきと同じ赤い炎が沸き立った。同時に、白猫の姿が大きくなって、よく見知った姿に変わる。
「……池井さん」
ぺたり。と、地面に座り込んだその姿は、いつもの菫そのものだった。
「鈴……君。もどれ……た?」
その隣にしゃがみこんで顔を覗き込む。安堵と疲労と困惑が入り混じった表情だった。
「戻ってます」
そ。と、手を差し伸べると、菫がその手を握る。温かかった。力を込めて立ち上がらせてから、パンツの土埃を払う。
「大変だった……みたいですね?」
鈴の問いに何かを言おうというように口を開いて、何かを考えながら、ぱくぱくと、口を動かして、結局何も言わず、菫は口を閉じた。それから、言葉の代わりに、こっくり。と、大きく頷く。
「でも、よかった。戻って来てくれて」
そう言って、そ。と、抱き寄せて、ちゅ。と、髪にキスをすると、驚いたような顔で鈴を見上げて、また、ぱくぱく。と、口を動かしてから、やっぱり、何も言わずに菫は鈴の肩に頭を預けた。
「……疲れた」
甘えるみたいにその頭がすり寄る。さっきまでの猫の姿を引きずっているんだろうか。
「けど。ありがと。見つけてくれて」
ぐい。と、Tシャツの胸元を掴まれて引っ張られて、菫の唇がちょん。と、鈴のそれに触れる。それから、ふにゃり。と、いつもの笑顔。
なんで気付いたかって。
鈴は思う。
分からないはずがない。
鈴にはその人が輝いて見えるからだ。それが恋ってやつなんだろうと思う。
「あの……ちょっとだけ、寄ってきます?」
下心がはみ出してしまったかもしれない。
けれど、菫は笑って頷いた。
頬は少しだけ赤かった。
そんな二人を満月だけが見下ろしていた。
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