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明治政府 木戸孝允
「きれいな桜だね。」
隣の彼は、そっと呟いた。
「そうですね。」
桜が、彼にしか見えず、目を背けてしまった。背徳?違う。罪悪感?違う。
「夏だったんだ。彼らと君の、師が死んだのは。美しい夜だったよ。」
彼は、聞いてもいないのに、言葉を紡ぎ出した。病床の彼は、何かに喋らされているようにも感じた。
「君は、僕がいなくなっても、師のようにあとは追いかけないでね。困ってしまう。」
するわけない。まず、彼と私は恋仲にも満たない、侍從関係。長州閥の、王座に君臨する者とその小姓。
「御冗談を。」
「そうだね。悪かった。すまないね。」
そう言うと彼は手を伸ばした。
朝日が、上っていた。
「どこかで、僕たちは、すれ違ったんだよ。」
今日の彼はおかしかった。そういった途端、激しく咳き込んだ。
慌てて肩を貸し、布団へ戻るよう促した。
「あんまり桜と朝日に見せられてしまってね。」
やつれた、でも満足そうに。
「西郷も、乗り気でなかったろうに。」
今回の戦争のことだろうか。
「玄瑞なら、晋作なら、稔麿や、九一、散っていった者たちなら止められたんだ。でも、皆どこかですれ違ってしまったから。」
師の名が出てこなかった。構わない。別に。だけど、少し悲しかった。
黙ったままの私を見て、少し困ったように笑った。
「この道で後悔してないんだ。後悔する解釈をするのも君次第だよ。」
そう、諭してから、また西郷様の話に戻った。
その後、多くの者が来た。見舞いだの遊びに来てやっただの。
人の数が、彼の人徳の数のような気がした。
突然、
「椿姫。集めてくれないかい?」
人を、だろうか。急いで集めてくる。周りで時勢について語っていた者たちも、儚げで、消えそうな彼の雰囲気を感じ取って集まった。
「西郷、いい加減にしてくれないか。自分が言って諭す。」
そういったとき、すうっと息を吐いた。
少し意味が分からなかった。
理解したくなかった。嫌だった。
涙も出なかった。
数日経って、墓ができた。
口から出てくる言葉が止められなかった。
「大っきらいです。あなたのことが。
何で、あの方の元へ?」
すうっと息を吸う。
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