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01. 誰か助けてください
冬の夜空の下、大学図書館の窓から煌々と灯が灯っていた。窓辺の机で憂子が文献資料を読み漁りつつ、パソコンと睨めっこしているのが見える。
館内にいる学生は、すでに2、3名と憂子だけになっていた。腕時計を見れば、時計の針は9時を指している。
憂子はいつもこの時間であれば、自宅で風呂を終えて自室で推しの動画を視聴していた。しかし、今週ばかりはそのような自堕落な生活を過ごしてはいけなかった。来週水曜は憂子のゼミ発表だった。
先月、指導教員に調査した内容の根拠が薄いと指摘されてしまった。それも含めて、先行研究のまとめや研究目的の書き直しなど来週水曜までに終わらせるつもりなのだ。
時間を掛けて集中すれば何とかなる、というのは大間違いだった。調べれば調べるほどわからない情報がどんどん溢れ出してくる。おかげで憂子の頭には疲労が蓄積した。
館内で閉館間近のアナウンスが流れる。腕時計を見てすでに遅い時間だと気付いた憂子は、急いで帰り支度を始めた。パソコンを閉じ、何も書かれていない真っ白なノートも見て見ぬ振りをして素早く閉じる。
残りの作業は明日の自分に任せよう。
明日の自分を信じる憂子だったが、今日の自分に対する後ろめたさはへどろのように心に張り付いて消えない。
図書館を出ると、憂子は夜空を仰いだ。今宵は満月の夜だ。推しが出現する夜。
憂子は満月の夜に取り憑かれて、月光の下をスキップしながら歩いた。現実逃避で推しに想いを馳せる、妄想女子の足取りは軽やかで危うい。楽しい気分に身を浸した憂子は、後ろでカッターナイフを持ち忍び足で寄ってくる男に気付かなかった。
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