02. 「狼男」に会っちゃった

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02. 「狼男」に会っちゃった

 憂子は甲高い悲鳴を上げながら、歩道を駆けた。後ろから不審者がカッターナイフを振り回しながら追い掛けてくる。  あまり美形ではない普通顔の女子でも不審者や通り魔に襲われるのは当たり前だ。頭で承知しておきながら注意散漫になっていた自分を呪った。  スマホで両親か警察に連絡したいのだが、立ち止まったらすぐに殺される。不審者を中々振り切れない運動音痴な自分も呪った。  憂子の爪先が地面に躓き、身体が前に投げ出された。身体の痛みを堪えながらも起き上がった憂子だったが、その前に不審者がしゃがみ込んだ。街灯で光るカッターナイフを見せ付ける。  憂子は泣き叫んだ。こんな叫び声でも届かないほど人通りの少ない所で不審者に襲われる、不運な自分を呪った。  不審者は相手の苦痛を見るのが好きなやばい奴なのか、中々カッターナイフで殺害しようとしない。ただひらひらと左右に揺らして見せ付けて、恐怖心を煽るだけだ。  もういいよ。私はもう詰んだのだから、いっそのこと殺してくれ。  ついに、不審者が憂子の顔を掴んでカッターナイフを胸に差し向けた。憂子は強く目を瞑った。  終わった。私の20年の短い生涯が終わった。  お父さん、お母さん、今まで私を育ててくれてありがとう。こんな親不孝なオタク娘でごめんなさい。  憂子の顔から不審者の手が離れた。殺された、と思って目をゆっくりと開いた憂子は月夜を仰いだ。  月光を背に一人の男が立っている。白髪混じりの前髪を上げ、顎髭を蓄えた、スタイリッシュでワイルドな男。満月の色に似た真っ白な瞳がぼんやりと妖艶な光を放つ。  男の片手は、不審者の襟首をがっしりと掴んでいる。不審者は気絶しているのか全く抵抗する様子がない。カッターナイフを握った手はだらりと地面に垂れている。  憂子は大きな口をだらしなく開けた。男の頭には尖った両耳が生えている。白い満月を背景にすると、恐ろしいというよりも凛々しい。  見覚えのある風貌だ。憂子が憧れ、妄想し、崇拝し続けてきたとよく似ている。  この男はもしや……。  「お、狼男?」  ぽかんと口を開けて座り込んでいる憂子に対し、「狼男」は首を傾げた。  「……大丈夫か?」
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