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05. 忍び寄る影
「なんだこれ、美味いな!」
ツミヒトは白くフカフカした物体に喜んで齧り付いた。カーキ色のダウンコートの下から伸びた尻尾を左右に振っている。先ほどまで不機嫌そうな顔をしていたのに、ギャップ萌えが激しい。
2人は憂子の自宅近くにあるコンビニの前にいる。コンビニの店内で明らかになったのだが、ツミヒトの顔をよく見たら目元に細かい皺が刻み込まれていた。年齢は40代前半というところか。
いわゆるイケオジという部類に入る男が、肉まんを知らないとは。
ツミヒトは次の包みを開けた。実は、これだけでは足りないだろうと思って数個肉まんを購入したのだ。それは定番から期間限定まで、豊富なバリエーションを用意した。
次の包みには薄いオレンジ色の物体が入っていた。
「さっきのとは色が違うな?」
憂子は笑って説明した。
「これは、ピザまんと言うんです。チーズとトマトソースが入ってて美味しいですよ〜」
ツミヒトは勢いよくピザまんに齧り付く。気に入ったのだろう、その後は夢中になって平らげた。
次は期間限定の角煮まん、その次は定番のカレーまん、最後には餡子たっぷりのあんまんを腹に収めていく。ツミヒトは大きな口で3口で平らげてしまうが、その食べっぷりはものすごく清々しい。
憂子は肉まんを1個しか食べなかったのだが、いっぱい食べる推しを見るだけで満腹だった。
満足したのか、ツミヒトは舌舐めずりをし月夜を仰いだ。
「美味かったぞ、恩に着る」
「恩に着る、だなんて……」
先ほど助けてもらったお礼なのだ。こちら側が感謝される理由はないはずだ。
なんて謙虚なんだ。
憂子はしばらくツミヒトに見惚れていると、狼の尖った耳が飛び跳ねるように両側左右の方向に動いた。同時にツミヒトの目が大きく見開かれ、鼻腔もヒクヒクと震えた。
「ツミヒトさん?」
先ほどとは雰囲気が激変したツミヒトの顔を、憂子は心配そうに覗いた。すると、ツミヒトは憂子の方を見つめ直し微笑むと肩を軽く叩いた。
「悪いな、夜道は一人で帰ってくれ。今宵の飯の味は忘れないぞ」
それだけ言い残すと、ツミヒトは憂子の自宅とは反対方向に駆けて行った。
ツミヒトが一つ目の角を通り過ぎたところで、憂子は黒い人影が動き出すのを見逃さなかった。それはツミヒトの後を追い掛けて行った。やがて、2つの人影は憂子の視界から姿を消した。
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