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神様、こんな出会いは求めていません!
「チェンジチェンジ!」
必死に叫びながら僕は半身でそれを交わした。ナイフの脅威からは逃れることができたが、僕の体は完全にバランスを崩し、その場に尻餅をついてしまう。
迫り来る殺人鬼。彼はマスクをし、長い前髪で瞳は隠され、その表情は伺えない。わかるのは、自分と同じくらいの年齢の男であることくらいだ。
僕は、主人の機嫌をうかがう飼い犬の目で彼を見上げた。
「やめてくれ、どうしてこんなことをするんだ?」
「人生がうまくいかない何もかも嫌になった誰でもいいから殺してみたかった」
「よく殺人犯がいう台詞!?」
実際にこの耳で聞くのははじめてだ。
やはりこの男は無差別殺人鬼なんだ。死の恐怖がジリジリと近づいてくる。
万事休す。覚悟を決めて目を瞑った時、殺人鬼の靴の下で何かがじゃりと音を立てた。
「あ! 僕のキーホルダー」
僕は声をあげた。
落ちていたのは限定品のキーホルダーと、もさもさした黒い塊だった。ちなみに殺人鬼が踏んだのはキーホルダーの方。
それを拾い上げると、殺人鬼ははっきりと発音した。
「……人権なし男のキーホルダーじゃん」
説明しよう。人権なし男キーホルダーとは、グラビアアイドル並みに可愛いプロゲーマー「ぬかたん」がプロデュースしたアイテム。数量限定生産で、モテない男性対象に販売した激レアアイテムである。
「……」
次に殺人鬼は、僕の方へ向き直ると、何かに気づいたように足元の黒いモサモサと僕の頭を無言のまま見比べた。なんともいえない妙な空気が流れた。いや何か言ってくださいよ。
殺人鬼は「ふっ」と笑ったのかため息なのかわからない声を漏らした。
そして彼は無言で踵を返す。
なんだか知らないが、僕を殺すのは諦めたのか?
不思議に思い彼の背を観察していた僕は発見した。彼のサコッシュにもまた人権なし男のキーホルダーがついているのを。
「あの、殺さないんですか?」
すっかり震え上がった僕は、我ながらバカな質問をした。
「ふん……」
殺人鬼は僕に背を向けたまま律儀に答えた。
「俺が殺したいのは……」
風が吹き、殺人鬼の髪を揺らす。
「なんか人生うまくいってそうでまわりに迷惑をかけても顧みない自己中で独り身に対してナチュラルマウントなパーティーピープルだああ」
叫ぶなり、殺人鬼は風と共に去っていく。
そうして、名も知らぬ殺人鬼との遭遇は終止符を打ったのだった。
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