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題・「満月の夜、殺人鬼は人を殺さない」
作者・トリプルK
今夜人を殺す。
そう発起した俺は、満月の夜、繁華街を歩くたくさんの人間の中からターゲットを物色していた。
その中に奴を見つけた。人目を引く、西洋人然とした掘りの深い顔立ちの男。歳の頃はおそらく俺と同じくらい。あるいは少し下だろうか。
すらっとした長身のその男は、自分に向けられた殺意につゆとも気づかず、ふらふらと路地裏に入っていく。
願ってもないチャンスに、俺はにやりと唇の端をあげる。そして奮起の声をあげターゲットへと走った。
「うおおおおおおおおころしてやるううううう」
しかし、ターゲットは半身でそれをかわす。ナイフはターゲットのリュックをかすめるにとどまった。
だが、これで終わるわけにはいかない。今夜の俺は人を殺すのだ。
溢れんばかりの殺意を胸に、尻餅をつくターゲットへ歩を進めると、シューズのかかとで何かを潰す感触がある。
なんだ?
拾い上げれば、どこかで見たようなキーホルダーである。
「人権なし男のキーホルダーじゃん」
何故このイケメンがこんなものを?
……と、ターゲットの方を見た俺は、一瞬フリーズしてしまう。
端的にいうと、髪がなくなっていた。いや、まったく生えていないわけではないが、その生え際は鋭利なM字型に後退していた。
続いて俺は足元に落ちている黒いフサフサした塊に目を止めてーー全てを理解した。
自らのサコッシュに付けた人権なし男のキーホルダーに無意識に手をやる。
こいつは……俺が求めるパリピではない……
むしろ……
「ちっ」
俺はすぐに頭を切り替え次のターゲットを探しに身を翻した。
けれど、俺の殺意は完全に消失していた。
あんなみじめな姿でも、必死に生きている奴がいるんだ。こんな冴えない人生、俺だけが送っていると思っていたが、表面に見えないだけで、この世には俺と似たようなやつがいるんだな。
そう思うと、長いことささくれだっていた心が少し和らぐ気がした。
無関係な人を殺して鬱憤を晴らす。冷静になってみれば、その発想がどうしようもなく愚かに思える。憑き物が落ちるとはこういう心地のことを言うのかもしれない。
俺はコンビニでチューハイを買い、ほろ酔い気分で帰路についたのだった……
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