1.やっぱり今回も駄目だったよ

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 去年の8月10日のことだった。僕はこの日、母の知人やその娘とともに、僕の亡き母のお墓参りへと出かけていた。  その帰宅途中に僕たちは空音美の父と鉢合わせ、あろうことか「どけ」という咆哮とともに、包丁で母娘を刺そうとしてきたのだ。  僕は咄嗟に、母娘を庇った――片や突然のことに立ち尽くし、片や青白い顔をして体をガクガクと震わせている母娘を。  その結果、包丁は母娘から僕の左眼へと標的を変えて襲いかかり、その光を奪った。  僕の左眼で分かるのはここまでだった。この事件で僕の左眼は失明し、彼女はこのことを知って罪悪感に打ちひしがれ、あえなく彼女から別れを切り出された。  空音美はその2日後、家の事情で鹿屋市の中学校から鹿児島市の中学校へと転校した。  彼女であると同時にクラスメイトでもあった彼女の姿は教室から消えた。この事実は、彼女との関係が終わったことを嫌でも僕に認識させた。  その瞬間、僕の心に穴があいた。それだけでなく、穴から未練というつららが伸びて心を氷づかせた。それは彼女との日々を思い出すだけで心に貫かれるような痛みを走らせ、自然とその足を公園へと走らせる。  そんな日々を過ごしている内に、僕は鹿児島市の高校を受験した。親父の仕事の都合で、鹿児島市へと引っ越さなければならなかったからだ。  僕はその時、複雑な気持ちになっていた。  下手したら空音美にまた会ってしまう。  心にあいた穴がまた広がり、痛みがより増してしまう。  そうならないように、僕は今までしていたことを全て中断させ、受験勉強に打ち込んだ。全ては空音美と一緒の高校にならないため、つまりは高偏差値の高校に入学するためだった。  偶然にも、僕は勉強に没頭することで心の痛みを和らげられることに気がつき、今年の春には鹿児島県で一番の難関高校である『ニュー・クリア高校』への切符を勝ち取っていた。  この時、心の穴が塞がるような気配を感じた。達成感も勿論あったが、それよりも周りから自分の努力を肯定してくれたことが嬉しかった。親父だけでなく、クラスメイトから、手を差し伸べたことのある後輩から、さらには荷物運びを手伝ったおじいちゃんおばあちゃんから『おめでとう』と祝ってくれたことに幸福感を感じたのだ――もう何も怖くない。  卒業式を終えた中学校の門をくぐり、僕は『失恋を乗り越えた』と自負した。  自信を胸に、僕は新天地へと向かった。温暖で自然が豊かな鹿屋市と違い、そこは建物が多く、生まれてはじめて見るものもあった。特に鉄道は路線バスやタクシーといった車系の乗り物しか知らない僕にとって革命的なものに映った。  しかし、僕の有頂天は高校入学とともに終わることとなる。
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