11人が本棚に入れています
本棚に追加
「綺麗だ……」
僕は横断歩道の向かい側から渡り歩いてくる女の子に視線を奪われた――菖蒲柄の着物を着こなした、丸眼鏡の女の子に。
彼女は周りをキョロキョロしながら横断歩道を渡っていた。その姿がここに来たばかりの僕と重なった。知らない土地を冒険していた時の自分を見ているようで眩しく見えた。
そんな彼女に見とれていると青信号が点滅し、渡る機会を逃そうとしていた。
この信号を逃すとバイトに遅れるリスクが高まる。今から急いで渡ればギリギリで横断歩道を渡れると思い、僕はダッシュしようとしていた。
「きゃあっ!」
僕の馬鹿な考えは鈴を転がすような声とともに吹き飛んだ。着物の女の子が僕の手前で転び、顔面から地面に激突しようとしていたからだ。
「危ない!」
僕は咄嗟に彼女を抱き止めた。
いくら失恋して心に傷を負っていようが、ピンチになっている女の子を見捨てるほど、僕は薄情者になった覚えはない。
未練がましくてかっこ悪い男だが、困った人に手を差し伸べることくらいはかっこつけてもよいはずだ。
そう自分自身に言い聞かせて、僕は体を動かした。
最初のコメントを投稿しよう!