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「桃原さん、あのさ……」
「あぁ、日直?」
「そう! いや、ホント申し訳ないんだけど、もうバイトいかなきゃいけなくって……」
顔の前で両手を合わせるけど、どうせ許してくれるでしょ? という心情がどこか透けて見える笑顔。……またか、と私は内心呆れる。けど、口から出る言葉は裏腹だ。
「いいよ。私、何にもないし」
「ありがとう! ホント助かる! 今度お菓子買ってくるから!」
お菓子なんていらないから、今度からバイトの調整くらいちゃんとしてよね……って、もうこの際口から出てしまえばいいのに。
思わずため息が出る。
確かに何にもないけど、掃除するのだって面倒くさいんだから。みんな、私ばっかりに押し付けて。このクラスの掃除係じゃないんだけどっ。ついでに、黒板消し係でもないっ。……まぁ、私が率先してやっちゃうんだけどね。みんながやらないから、勝手に手が動いちゃうんだよ~。
重い足取りで教卓まで行き、黒板消しを手に取った時、ガラッと教室の扉が開いた。
「……やっぱり、いた」
ドキン、と胸が高鳴ってしまう。
「い、五十嵐くん?」
思ってもみなかった登場に、心臓の音がさっきからうるさい。
そんな私に向かって、五十嵐くんはふわっと微笑んだ。
「さっき、下駄箱で相沢と会ってさ。日直は? って聞いたら、代わってもらえた、とか言ってたから。絶対桃原がやってるじゃん、と思って」
「そう、なんだ……」
それで、なんで五十嵐くんが来たんだろう?
首を傾げていると、五十嵐くんが近づいてきて、手のひらを出してきた。
「黒板消し、かして。俺がやる」
「えっ? いいよ。部活は?」
「今日は休み」
「……と、友達と遊んだり、」
「それも断った」
「えっ。えぇ……? どうして?」
五十嵐くんは、強引に私から黒板消しを奪い取ると、黒板を拭きながら小さな声で言う。
「会いたかったから」
あ、会いたかった……?
誰に……って、ここには、私しか、いませんけども……?
急激に顔が熱くなってきて、私はあわてて背を向けてゴミ箱へと駆け出した。
「わ、私っ。ゴミ捨ててくるっ!」
この場にいたら心臓がもたない……!
急いでゴミ袋を纏めていると、何故か、くすっと息の漏れる音が聞こえる。
「うん。いってらっしゃい」
優しくあたたかい声色に、また身体が熱を帯びる。
あぁ、もう。五十嵐くんのバカっ!!
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