ずるいよ、五十嵐くん。

8/8
前へ
/8ページ
次へ
「きゃっ」  五十嵐くんが、両手を壁につけた。顔の横には、五十嵐くんの腕。  と、捕らえられた……っ!?  びっくりして五十嵐くんの顔を見ると、見たことのない表情をしていた。  真剣で、強ばっていて、でも、紅潮していて。  獲物を逃すまいと必死な、肉食獣のような圧を感じる。  ……あ、男の子だ。  不意に、そんなことを思った。 「なんで逃げないの?」 「え……」 「顔、赤くなりすぎ」  何も言えず固まっていると、五十嵐くんは静かに口を開いた。 「俺、桃原のことが好き」 あぁ、神様。 私にこんなご褒美を与えてくれるなんて。ちゃんと、いたんですね。 「桃原は?」 「……す、き」  つい、床を見て呟いてしまう。  頭上から、甘い声が降ってくる。 「顔、上げて?」  五十嵐くんと、目が合う。  優しく目を細め、幸せそうに顔を綻ばせていた。  その破顔っぷりは、いつもの五十嵐くんの顔を忘れてしまいそうになるほど。  あぁ、大丈夫だ。  さっきまで暗く沈んでいた心が、嘘のように晴れやかになっていく。  だって、これ。  好きな人に向ける顔だもん。 「俺、今すっごい幸せ」  自然と、顔がにやけてしまう。  私もきっと、五十嵐くんと同じような顔をしている。 「私も、だよ」  五十嵐くんの顔が、近づいてくる。  瞼を落とすと、ゆっくりと唇にあたたかいものが触れた。  すぐに離れる。けど、もう一度、五十嵐くんは顔を近づけてくる。 「ちょ、ちょっと……もう、」 「えっ……嫌?」 「い、嫌じゃないっ! けど、その、あの……」 「もしかして、初めてだった?」  こくん、と頷くと、五十嵐くんは「まじかぁー」と両手で顔を覆った。 「最高じゃん」 「い、五十嵐くんみたいにっ! な、慣れてないからっ、私!」 「うん。よかった。俺も、こんなに好きになったことなかったから。俺だって初めてだよ」  五十嵐くんの口から漏れる言葉の数々に、つい、私の頭のなかにはハテナマークが浮かんできてしまう。 「ど、どこがそんなにいいの……?」 「そんなのいいから」 「お、教えてよっ」  瞬間。  ぎゅうっ、と抱きしめられた。  そして、耳元で、吐息を吹きかけるように囁かれる。 「ぜんぶ可愛い」  膝から崩れ落ちる私を、五十嵐くんは笑って支えてくれた。    どうしよう。私……これから、耐えられるのかな?  五十嵐くんの言葉に。  私の、五十嵐くんへの想いに。  あぁ、そうか。頭で考えたって、何にも意味ないや。  恋愛は心でするものだと、実感した十七歳の秋でした――。        《永遠に二人の恋は続く・了》
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加