(第一章)雷帝の後宮へ

1/3
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/100ページ

(第一章)雷帝の後宮へ

「別れの挨拶とかさぁ、させてくれないかなぁ」  類は真っ暗な空間で隣に立つ死神に向かってぼやいた。真っ暗なはずなのに、不思議と死神の顔は鮮明に見える。黒ずくめなので衣装は闇に溶けていたが。  暗闇にぽっかりと根暗そうな顔だけが浮かんでいて何ともシュールな光景だ。 「病死などでない限り、別れの挨拶なんてしませんよ、普通」  『普通』って。コイツは淡々とそういうことを言う。人にとって人生の最後は大事だろう。類はまた戻るつもりだが、それでも数日間、下手すると数十日間も姿を消すことになる。  突然闇に飲み込まれ暇がなかったが、「心配するな」という一言くらいは家族に言っておきたかった。 「間もなく扉が現れます」  死神がポツリとそう言うと、突然目の前に巨大な白い壁が姿を現した。  見ると大理石で出来たようなその壁面には、美術館に飾ってある絵画のような見事な複数の人物画の彫刻が施されており、いかにもな高級感が漂っている。  しかし扉と言うには取っ手のようなものは見当たらず、彫刻の彫られたただの壁に見える。 「これが扉?」 「はい。天上界の扉です」  類がその巨大さと美しさに圧倒されていると、真ん中から綺麗に割れるように壁が開き、中から眩い光がこぼれる。  扉が開ききった時、眩しすぎる光に類は思わず目を瞑った。 「いつ見ても眩しいですが、すぐに慣れますよ」  死神はそう言って、光の射す方へ向かっていった。 「あ、ま、待って」  類は慌ててその後を追いかける。  光の中へ入っていき、少し目が慣れてくると類はまた目を見張った。美しい白亜の豪邸が目の前に建っていたからだ。ヨーロッパ調の建物だ。周囲には何もない。ただただ真っ白い空間に、厳かにその建物が佇んでいる。  先程の暗闇の空間とのコントラストが激しすぎて少し目眩がする。 「ここは管理局です」 「管理局? 入国管理局みたいな感じ?」 「入界管理局です」  そのまま! と類は思った。入界管理局。入界するのに必要な手続きをするための建物ってことかなとすんなり理解する。  頑固さはあまりなく、頭が柔軟で新しい価値観をすんなり受け入れられる適応能力の高さは類の長所だ。  建物の入り口に二人で近づく。重そうな扉を死神がギギギ、と押すと、建物の内部が見えてくる。  それにしても、この全身黒装束は真っ白なこの建物にそぐわなさすぎる、と類はちらりと思った。  中は意外と閑散としていた。  壁や柱などに上品な装飾はなされているものの、必要最低限のもののみ揃えているという感じで、銀行の窓口のように二、三席分ほどデスクのようなものが並んでいる。  そのうちの一席のみ、男性が気怠そうに頬杖をついて座っていた。 「雷帝の後宮に入る人材を連れてきました」  死神がデスクの前に立って、男性に言った。  その中年に見える小太りで茶髪の男性は、頬杖をついたまま類の方に目をやり、舐め回すような視線で類を見た。西洋人なのか東洋人なのかイマイチ分からない、中間くらいの顔の濃さだ。 「····後宮には女しか入れないんだが?」  ジロリと死神を見て、男性は言った。 「この方は間違いなく女性ですよ。ご確認ください」  死神は一枚の書類を懐から出して男性に渡す。不機嫌そうな顔のまま、乱暴に書類を受け取り、男性は眉を寄せた。 「……確かに。だが雷帝がお気に召すとは思えないな。まるっきり男に見える」 「男の格好をしているからでしょう。着飾ればかなりの美人になると思いますよ」 「……まあいいだろう」  男性は面倒くさそうに大きな判をデスクから取り出し、書類に押した。そしてまた乱暴に死神に向かってそれを差し出す。早く仕事を終えて帰りたいというような態度だ。 「ありがとうございます」  死神はニッコリ笑ってそう言い、類に視線をやる。来い来いというように手招きするので、類は死神の方へトトト……と歩く。  死神と一緒に窓口を通り過ぎ、入ってきた扉とは反対方向へ歩いていく。  反対側にも扉があった。  またもやギギギ、と重い扉を押すと、外には別次元のような光景が広がっていた。  真っ白な空間に、ポカンといくつもの惑星のようにまん丸の大きな球体が浮かんでいる。黄色、ピンク、水色、赤など色とりどりの球体はとても可愛らしく見えた。まるでカラフルなバルーンが空に浮かんでいるようだ。大きさが異なるのは距離の問題だろうか。類のいる場所からではイマイチ距離感が分からない。  管理局に入る前にはこんなものは見えなかったのに不思議だ。 「なにこれ?」  目を見開いて球体を指差しながら聞くと、死神は平然と答える。 「近くから(らい)国、(すい)国、(えん)国、()国、(ふう)国です」 「……つまり国ごとに星になってる感じ!?」  「そんな感じです」  類は持ち前の高い理解力で、死神の簡潔な説明を理解する。天上界とはこんな世界だったのか。今まで自分が生きてきた世界とは全く違うと類はこの光景を見て実感した。 「今から雷国に入りますが、お願いがあります」 「なに?」 「あのですねぇ……後宮に入ったら必ず雷帝に気に入られて欲しいのです」 「……はあ」  類は気の抜けたような返事をする。それはもちろん気に入られるつもりだが、死神とは目的が違う。どうせコイツは自分の出世か何かに関わるからという理由だろうとほぼ確信する。 「『上玉を連れて来い』と言われて、上玉ではないと判断されれば最悪粛清の対象になるかもしれません」 「粛清?」 「死罪です」 (し、死罪!?)   類は目の玉が飛び出そうになった。何故他人の都合でわけの分からないところへ連れて行かれ、死罪にされなければならないのか! というかそもそも死んだ人間が行くところではないのか。類はいろいろと疑問に思った。 「その場合、私の身も危なくなります」  やはりコイツは保身のことしか考えていない。類は呆れる。 「なので、後宮に着いたら女の格好をすることはもちろんですが、出来る限り着飾ってください。雷帝の好みは長身、モデル体型の美女です。あなたなら着飾れば気に入られるでしょう」 「女の格好をするのは苦手なんだけど……」 「しなければ死ぬんですよ? 男だと思われれば間違いなく粛清です」  それは困る。類は雷帝に気に入られて、49日以内に元の世界に戻らなければならない。 「わ、分かった」  仕方なく了承する。死ぬよりは女装した方がマシだ、と天秤にかけた結果そう判断した。 「それと」と、死神は手の平を上に向けるとポウッと薄黄色の光の玉のようなものを出現させた。野球ボールほどの大きさの光が、死神の手の平の五センチほど上で浮いている。空間との境目は少しトゲトゲしている。 「あなたが生身の人間であることが雷帝にバレないようにベールをかけさせていただきます」  死神がそう言うと、光は死神の手を離れ類の胸に向かってゆっくりと飛んできて、心臓の辺りに自ら吸収されるように吸い込まれた。 「うっ!?」  類はわずかに心臓が締め付けられたような気がして思わず声をあげる。 「魂にベールをかけました。これで簡単には気づかれないでしょう」  そんな簡単に騙せるの!? と類は思ったが、何も分からないのでそういうものかと無理矢理納得した。死神にとっても、類が人間とバレるとまずいはずだ。 「な、なんか違和感があるんだけど」 「すぐ慣れますよ」  死神はこれでよし、というように前を向くと「さて、行きましょうか」と顔に似つかわしくない笑顔(失礼)で言った。  
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!