(第一章)雷帝の後宮へ

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「こうなったら、早いとこあんたに寵姫になってもらって、そのお付きの女官になるしかないわね」  ヘルガは隣で豆の薄皮を剥きながら言った。類は、これは何の豆だろう、と思いながらそのピンク色の豆をつまんでまじまじと見る。 「ちょっと聞いてる!?」 「……聞いてなかった」 「あんたね〜! 自分の人生かかってんだから真剣にやりなさいよ」 「……人生ね〜……」  類はもちろん目的を忘れてはいない。雷帝に取り入って49日以内に元の世界へ帰る。それは絶対にそうするつもりだ。しかし今は雷帝がいないので頑張りようがない。  そこでふと気づいた。人間の世界の49日と、ここでの49日は果たして同じなのか。 「ねぇ、ヘルガ」 「なによ?」 「人間の世界と天上の世界、時間の流れは同じなのかな?」 「はぁ? なんでそんなこと聞くの?」 「いやぁ、何となく。気になって。情報屋の娘でもそれは知らない?」 「……。知ってるけど……」 「じゃあ教えて?」    類が首を傾けてヘルガに媚びるように言うと、何故か正面で作業していた下女たちが一斉に手元を狂わせ道具を落とす。  その揃いすぎた動作はまるでコントのようだった。  唖然としてそれを見る類と、プハッと噴き出すヘルガ。 「ル……ルイ……あんた雷帝にライバル視されないようにだけは気をつけなよ」  ヘルガは笑いを堪えるようにプルプル震えながら言った。    仕事を終えた二人は皆と一緒に食事を取り、同じ部屋に案内された。下女の部屋は全て二人部屋のようだ。大部屋でなく二人部屋とは、下働きのわりになかなか待遇が良い。  そして一日しか接していないが、類はヘルガとは何となく相性が良いような気がしていた。類に対して遠慮なく発言するし、顔を赤らめたりもしない。対等に接することが出来る感じがして、実はかなり嬉しかった。  高校に入ってから、そういう友達はほぼいなくなった。女子は類を擬似恋愛の対象として見ることが多かったし、男子には敬遠されていたからだ。  ヘルガと同部屋で良かったと類は思った。 「ねぇ、ヘルガ。そろそろ教えてよ。人間界と天上界の時間の流れについて」  あれからもったいぶって答えを教えてくれなかったヘルガに、類はベッドにうつ伏せで寝そべったまま上目遣いで言った。  椅子に座って三つ編みを解きながら、チラリと横目でそんな類を見たヘルガは、唇の端を少し持ち上げる。 「じゃあ教える代わりに、あたしをあんたのお付きの女官にしてくれる?」 「いや、まだ側室になると決まってないから」 「だーかーらー、あんたならなれるって言ってんでしょ!? 雷帝のモロ好みじゃん」 「男っぽいのに?」 「……分かってないなぁ」  ふぅと溜息をついて、ヘルガは腰を上げる。そして寝そべる類に近づくと、グイッとその尖った顎を右手で掴み、自身の顔を近づける。鼻の先端が触れるのではないかと思うくらいの近さだ。 「な、なに!?」  類は突然のその行為にドキッとして固まる。 「男とか女とか関係ないの。あんたはモテる要素を併せ持ち過ぎてる。今までモテてたでしょ? あんたを欲しがる者はこの天上界にも星の数ほどいるよ」  ヘルガはじっと類を見つめながら続ける。 「そんなヤツを雷帝が見逃すハズない。しかも顔、体型を始め全てが完璧に雷帝好み。これであんたが側室になれなきゃ逆に誰がなれんの? って感じよ」 「そ、それならわざわざ女の格好しなくてもいいんじゃ……?」    類はヘルガの顔から距離を取ろうとするが、顎に置かれた手はそれを許さない。というか今日会ったばかりなのに、何故そこまで類のことが分かるのか。 「さっきも言ったでしょ? モロ男だとライバル視される可能性があるって。雷帝は短気ですぐ手が出るから、第一印象は良くしとかないと。勢いあまって初見で殺されたらたまんないじゃない」  初見で殺される……。そんなにヤバいやつなの!? と類は青くなった。短気にも程がある。  ヘルガはようやく類の顎から手を離すと、ふいっと踵を返し椅子にどかっと腰掛け足を組んだ。 「雷帝が戻ったらあたしがあんたを仕上げてあげるよ」  ニコッと笑って、ヘルガは再び三つ編みを解き始めた。全て解いて大ぶりのウェーブのロングヘアになったヘルガはより美人に見えた。三つ編みの時よりも大人っぽい。 「ヘルガはなんで女官がいいの? 側室の方が良い暮らしが出来そうだけど」  掴まれていた顎を触りながら類がそう言うと、ヘルガは嫌がるように顔を歪める。 「なぁぁんであたしが雷帝の夜伽の相手をしなきゃなんないのよ。側室になったらそれから逃れられないでしょ? 絶対に嫌よ」 「え? 私にそれをさせようとしてるんだよね?」 「あんたはいいの! 寵姫になるならそれはそれで幸せじゃない」  ヘルガは堂々と自身に都合の良い解釈で話す。気持ちが良いくらいにそうなので、類はツッコむ気も失せる。まあいいか、と最初に話を戻す。 「で? 時間の話!」  類が言うと、ヘルガは、ああはいはい、と観念したように笑う。 「あんたってここの住人じゃないんでしょ?」 「え? ……あ、う、うん」  逆に質問され、類は少し戸惑う。正直に言ったら····駄目だろうな。死神との会話を思い出し、慎重に答えようと構える。   「冥界から来たの?」 「う、うん」 「だと思った。天上界の住人がそんなこと気にするわけないもんね。死んだばっかりなんでしょ?」  物騒な言葉を平然と放つのに違和感を感じながらも、類はコクリと頷く。 「人間界と天上界の時間の流れは一緒。冥界も。住人の寿命が違うから感じ方は全然違うんだろうけどね。ここにずっと住んでる住人はそんなこと考えたこともないと思うわよ。普通は人間界となんて関わらないから」 「ヘルガは? なんでそれを知ってるの?」 「あたしはいろんな場所を旅してるから。そこらのヤツラとは違うのよ」  類はそうなんだ、とまじまじとヘルガを見る。確かに逞しい感じがするし、この性格ならどこでもやっていけるだろうなと思う。 「天上界の住人は寿命が長いんだ?」 「そうね。人間界と比べれば。でもいずれ皆冥界へ行くのは一緒」 「そうなんだ!?」 「そうよ?」  類は意外だ、と思った。そもそも天上界の住人に寿命があること自体、類には驚きだった。天使のようなものだと思ってたから。 「じゃあ雷帝にも寿命があるってこと?」  類が聞くと、ヘルガはうーんと首を傾ける。 「あるにはある……んだろうけど、ないに等しいわね」 「え? そうなの?」 「雷帝は神よ。神は住人とは違うの。この世界を作った一員だから。世界が出来た時から生きてるのよ? ないに等しいでしょ」  ヘルガは類のベッドと間をあけて隣りにあるベッドに横たわりながら言った。   「一緒に寝る?」  突然ヘルガが自身の隣をペタペタと手で叩きながら言ったのを聞いて、類は「えっ?」となる。 「なんで?」 「死んだばっかでこんなとこに連れて来られて不安かなぁと思って」 「いや、別に?」 「そう」  そのうち帰る予定だし、とは言わない。つまらなさそうな顔をして、ヘルガはゴロンと仰向けになる。  類はそんなヘルガの方に目を向ける。ヘルガには不思議な魅力がある。奔放で、何者にも縛られない、雲のように自由な魅力。そんなヘルガが何故不自由な後宮に来たのか、類は違和感を感じずにはいられなかった。  ベッドに沈みながら、ふと別の疑問が湧いた。そういえば、雷国を始めとした国々の周囲には太陽のような星はなかったのに、何故昼や夜があるのか。  ヘルガに聞くと「さぁ」と言ったが、天上界の神は人間界の真似をするのが好きだからその一環ではないかと答えた。  類は天上界が人間界の真似をすることなど有るのかと驚いたが、そういうものなのかととりあえず納得し目を閉じた。
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