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結婚の条件
襖の間から姿を現した雷帝と目が合った。
『何をやっているんだ、お前は』とでも思っているのだろうか。そんな顔だ。それでも、助けに来てくれて嬉しいし、ほっとした。
「奇妙なナリだな。まあいい。片付けろ」
組長が言うと、そこかしこからチンピラたちが溢れ出てきて、時代劇の「であえであえー」状態で、乱闘が始まる。
雷帝に向かっていくチンピラたちの中に先程のおにぎりの男を見つけて、思わず「殺しちゃ駄目っ!!」と叫んだ。もちろん雷帝に言ったのだが、組長が隣で「それは無理だ」と言う。
聞こえたからなのかどうなのか、雷帝は迷惑そうに攻撃を避けるばかりで反撃しない。チンピラたちは刃物を持っている。
「あの男と知り合いか?」
と、その光景を傍観する組長に言われる。
「……」
婚約者です。とは言わないでおこう。
そのうちに、スーツの男たちが拳銃を取り出すのが見えた。
「あ!」
「おんどれ、調子こいとんちゃうぞ!!」
チンピラたちがささっと雷帝から離れたかと思うと、ものすごい銃声と共に数発の玉が雷帝に向かって撃ち込まれた。
かと思ったが、雷帝は倒れることなく、その場ですました顔をしている。その真ん前には薄いベールのような光の壁のような物があって、よく見るとその壁に銃の弾がめりこんでいる。ふっと壁が消えると、弾は畳の上にボトボトと落ちた。
「何者じゃ、お前!!」
ヤクザたちが騒ぐ。
「人間の武器が効くわけがないだろう。面倒だな。頭はどいつだ」
「俺だ」
組長が、顔を上げて一歩前へ出る。
「お前か。ルイを返せ」
雷帝も見下ろすように組長に言い放つ。
「目当ては女か。駄目だ。俺の女だ」
「あ? 違う。俺の女だ」
バチバチと火花が散るように、二人の男の視線が交わる。
「お前は何者だ?」
「神だ」
周囲がザワッとする。
「頭 湧いてんのか?」
「皆殺しにされたくなければ早く返せ」
「舐めんじゃねーぞ」
ドスの効いた声で凄む組長を前に、心底面倒だという顔で、雷帝は掌の上にプラズマボールのような玉を出現させた。かつて、類を脅した時のように。
「食らうか?」
エネルギーの塊のようなその玉を、組長は凝視している。
そして徐ろに懐から銃を取り出して、雷帝に向かって発砲する。と、雷帝の姿がふっと消えて、次の瞬間には組長の目の前に来ていた。
「組長っ!!」
「手ぇ出すな!!」
臨戦態勢のヤクザたちは、組長の一言で踏みとどまる。
雷帝の心臓の辺りに、組長の銃が突きつけられる。
その雷帝の右手の上には、プラズマの玉が浮かんでいて、バチバチと音を立てている。
ヒヤヒヤしながら、類はその様子を見守ることしか出来ない。
(心臓に直接弾を打ち込まれたら、いくら雷帝でも危ないんじゃ……)
地界で、ペレに刺され毒に倒れた場面を思い出す。
緊迫した空気の中、雷帝も組長も動こうとしない。
そんな中「ぎゃっ」「なんだ!?」という声が周囲から聞こえる。
見ると、ヤクザたちが宙に浮く金色の縄のようなもので縛りあげられていて、すでにいくつかの束が出来上がっている。あっという間に、類と組長以外の人間が、全員身動き出来なくなっていた。
「……何をした?」
「ハエを捕まえただけだ」
「……」
「これを食らうとどうなるか見せてやる」
雷帝がそう言って、玉を紙くずでも捨てるように、ポイッと真横に放り投げた。
玉が畳の一部に触れた瞬間、そこ一帯にあった畳が地面ごと全て吹っ飛んだ。幸い誰もいない場所だ。飛び出てきた土が、そこら中に飛び散る。
「!!」
組長も、さすがに驚いた顔でそれを見て、雷帝の方に直ぐ様向き直る。
「威力は抑えたが、体に食らえばあれでも絶命する。もう少し力を加えればこの建物が吹っ飛ぶ。それでもその玩具で殺り合うか? 俺は別にどっちでも構わん」
そう言いながら、新たな玉を掌の上に作り上げる。先程より大きくてエネルギーが溢れるようにバチバチと光が迸る玉。
何かを考えるように、組長は雷帝を睨むように凝視する。
やがて、目を閉じてそっと銃を降ろした。
「……いや。……やめておく」
「賢明だ」
雷帝はそれだけ言うと、手を握って玉を消滅させた。
「目的は女だけか?」
「そうだ」
「女を渡さないと言ったら俺を殺るか?」
「さっきも言ったが皆殺しにする」
組長はふっと笑う。
「本当にやりそうだな」
「ルイを返し、今後一切手を出すな。家族もだ。守らなければ容赦しない。徹底的に潰す」
「……命令するな。俺にも面子がある。だが、俺の我儘で組を危険に晒すことは出来ないな。お前はかなりイカれた危険人物のようだからな」
「ルイは連れて行く。約束を守るなら何もしない」
「待て。コイツらを解放しろ」
組長の言葉を受けて、雷帝が手を翳すと、金の縄は跡形もなく消えて、解放されたヤクザたちはまたザワつく。
「惜しいな」
雷帝が、類の前へ来て手を取った瞬間、眩い光に包まれた。組長の舌打ちと共に発せられた言葉を耳の端で聞きながら、うっすらと笑った顔を最後に見て、気付くと雷帝と共に、家の近くの道に立っていた。
「人間にあんなものを見せて良かったんですか?」
「逆らうとどうなるかが分からなければ、奴らはお前の家族に手を出すだろう」
……確かに。
それは困る。
それにしても、人間を『皆殺しにする』と脅すとは、神様の言動とは思えない。結果助けられたので何も言えないが。
「あ、あの……ありがとうございます。助けに来てくれて」
「妻なのだから当然だ」
『妻』
慣れない響きにじ〜んとなる。正確にはまだなのだが、嬉しい。
ふと、まだ手を繋いでいることに気付いて、ハッとする。何だか気恥ずかしくて、さっと離した。『妻(予定)』なのに、手を繋いだこともあまりない。
それにしても、組長の息子を産む羽目にならなくて良かったと心底思う。組長が、類が行方不明になっていた時、『必死に探していた』と言っていた。ということは、類は天上界へ行かなければ、島崎組組長の妾にされていた可能性が高い。
(大変な目には会ったけど、ペレのしたことは、私にとって良かったってことだよね)
雷帝と婚約することも出来たし、組長の嫁にならずに済んだ。
(今何時だろう。絶対大騒ぎになってるよね)
家族がさぞ心配しているだろうと思い、急ぎ足で家に向かう。
ガチャリと鍵を開け中に入ると、間もなく両親がリビングから飛び出してきた。弟たちも。母は泣いている。
「類!!」
「心配かけてごめんなさい」
「何言ってるんだ! 島崎組に誘拐されたんだろう!? 怪我はないか!? 何もされてないか!?」
「え? 何で知ってるの?」
「目撃者がいたらしい。お前のことを知っていて、警察に知らせてくれたんだ。ナンバーから、組を割り出せたらしい。とは言っても、警察もなかなか手が出しにくい相手だから時間がかかると言われた。途方に暮れていたら、その男が現れて」
父は類の後ろから顔を出した雷帝を見た。
「類を救ってくれと頼んだ。実際に、救ってくれたんだな」
「……お父さん!」
次の瞬間の父の行動を見て、類は目を疑う。玄関の床に頭をつけて、深々と土下座していたからだ。
「……ありがとう! そして、昨日の非礼を許してくれ」
「……」
雷帝のことだから、「分かればいい」だのなんだの言いそうだと思ったが、何も言わずに父の姿をじっと見ている。
「どうぞ上がってください。お茶を出します」
母が雷帝に向かって言う。そして「あなたたちはもう寝なさい」と言って、弟たちを二階へ上がらせる。まだ土下座している父を起こし、四人でダイニングテーブルを囲んだ。
時計を見ると、十一時を回っていた。
母が淹れてくれた、湯呑みに入ったお茶を一口含むと、何とも言えない安心感に包まれた。
「まずは、類を助けてくださって、本当にありがとうございました」
母が言い、父と共に深々と頭を下げる。
「当然のことをしたまでだ」
いつもどおり、どかっと椅子に腰掛けた雷帝が答える。
「それと、結婚に関してですが……」
「由香。俺から言わせてくれ」
母の言葉を遮って父が言う。
「お前たちの結婚を認める」
父の言葉に、類は目を見開く。
「ほ、ほんと!?」
「ただし」
父の言葉は続いた。
「類は高校を卒業しなさい。高校の勉強は大切だ。これから生きていく上で、必ず役に立つ」
「そ、それは、卒業するまでは、雷帝の元へ行くなということ?」
「まあ聞きなさい。父さんもまだ昨日の出来事を完全に理解出来たわけじゃない。でも待っている間、母さんと話して、もしこの人が類を救ってくれたら、話を全て信じようと決意したんだ。卒業するまでの間、学校へちゃんと通うのなら、昨日行った場所へ行くことは認める。そして、無事高校を卒業して、決意が揺らいでいなければ、その時は結婚しなさい」
「お父さん……」
「俺は痛感したんだ。俺では類を守りきれない。島崎組が類を誘拐したと知っても、警察へ行くこと以外に何も出来なかった。親バカだが、お前を狙う輩は他にも大勢いるだろう。これから先、こんなことが頻繁に起こったら、命に関わる事態になりかねない。でもきっとその人なら、お前を守れる。だから、結婚を認めようと思う」
父は俯いていて、体がフルフルと震えている。母が、そっとその肩に手を置いた。父の顔を覗き込んで、ふっと微笑む。母の顔を見て、ほっとしたように、父は前を向いた。
「類をよろしく頼む。何があっても、絶対に守り抜いてくれ」
今は、働いている女性も多くて、経済力もある女は沢山いる。“男が女を守る”なんて価値観は古いのかもしれない。
でも、父の気持ちは切実なのだと分かる。少なくとも、父は心底そう思っているのだ。
父は類にだけ、いつも少し甘い。
兄や弟たちが同じことをしたら激怒するのに、類にはあまり言わない。
娘だから、というのは大きな一因だろう。それに甘えて、奔放になってはいけないと分かっていたから、いつも適度に自分を律していて、あまり我儘は言わないようにしていた。
今まで自分が無事に生きて来られたのも、父が守ってくれていたからだ。
それは事実。
父は今、雷帝にそれを託そうとしている。
自分は、今度は雷帝の隣に立ち、自身の持てる力で彼を支え、共に歩まなければならない。
母のように。
雷国の皇后となり、永遠に雷帝と共に、雷国、そして天上界を導く柱となる。
もちろん母も、父と同じように自分を守ってくれていた。しかし母は父とはまた少し違う。母は、自分に生き方を示してくれているように思える。
両親がケンカしているところを、類はあまり見たことがない。それは、気難しい父を、母が適度にコントロールしているからだと類は思っている。父には言えないが。
母は、穏やかそうでいてハッキリと物を言う。そして、その意見は的を射ていることが多い。それも嫌味なく。だから父は何も言い返せなくて、ケンカにはならない。母は怒らない。怒るまでもなく勝負がつくからだ。でも理解している。父がいてくれるからこそ、自分が活かされるのだと。そんな話をしていたことがある。
母は自分の役割を完全に理解している。だから前に出すぎない。だからといって控えめではない。
完全に母のようになれるとは思わないが、類は、皇后になるにあたって、母の生き方を見習いたいと思っている。
雷帝は、雷国の皇帝である。そして、天上界の支配者。地界との戦争に勝った今、実質この世界のトップだ。
それは変わらない事実。
類が取って代わることは出来ない。
ならば、皇后として類に出来ることは何か。
ヴァリスに以前言われた皇后になる(雷帝に認められる)ための条件。
雷国を救うために貢献すること。
そして、後宮を掌握すること。
前者は達成出来た。でもまだ、後者が残っている。これをやり遂げなければ、皇后にはなれない。スタート地点にすら立てない。
必ずやり遂げてみせる。
そして、皆に認められて、堂々と皇后の座に就く。
『戦闘能力で評価されるわけじゃない。成果を挙げられるかどうかが全てだ』
『自分の持つ力を活かして任務を完遂出来ればそれでいいんだよ。お前はちゃんとやってる』
いつしかのルーカスの言葉を思い出す。戦いでは役に立たないかもしれない。でも、自分の持てる力をもって、雷帝を支えればいい。
皇后になった後も、ずっとそれを続ける。
ゴールはない。
それでも。
雷帝と共に、生きていきたいから。
隣に座る、美しい未来の伴侶を見る。
雷帝は、父を見て頷いた。
「必ず守る」
と言って。
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