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愛の意味
リビングに戻り、お茶を飲みながら待っていた両親と顔を合わせた、
途端、
背徳感からか、思わず目を逸らしてしまった。
(うわ。なんか目、合わせられない)
父が、高校を卒業するまでは手を出すな、と雷帝に言っていたと聞いたにも関わらず、部屋でキスしてしまった。
(これじゃバレちゃうよ……)
必死に動揺をひた隠しながら、これから早速天上界へ行きたいと伝えたところ、類が戻ったことを警察に知らせなければならないので、少し待てと言われた。
警察に電話すると、夜中にも関わらず間もなく警察官が数人やってきて、詳しい聴取を受けた。その間もちろん雷帝には姿を隠してもらっていた。
類は自力で組のアジトを抜け出し、家に戻ったということにした。しばらくの間パトロールを強化するとのことだ。組が類を狙うことはもうないだろうと思いながらも、「宜しくお願いします」と言った。
警察官が帰った時、時刻は午前二時を過ぎていた。
(な、長かった……)
警察も大変だなと思いながら、早速姿を隠している雷帝の元へ向かう。類の部屋で待っていた彼は、少し不機嫌そうだった。待たせすぎたか。念のため数着の着替えを持ち、再びリビングに戻り、一緒に警察と話していた両親に、今度こそ天上界へ行くと伝えた。
「気をつけて、行ってらっしゃい」
母がにっこりと微笑む。
「日曜の夜には帰って来るんだぞ」
父はそう言いながら、雷帝に向かって意味深な視線を送る。
(『手ぇ出すなよ』って言ってるのか)
目で。
「うん。行ってきます」
それに気付かないフリをして、類は両親に笑顔で手を振った。その瞬間、雷帝と共に眩い光に包まれた。
一瞬で周囲の景色が変わって、薄暗い廊下のような場所に二人で立っていた。
(ここ、どこ?)
目の前には豪華な扉。
「朝まで俺の部屋を使え。あるものは何でも使っていい」
そう言って、雷帝は重そうな分厚い扉を開く。
「わぁ」
思わず声が漏れ出た。
部屋の中があまりにも豪華で美しかったから。
「ここ、雷帝のお部屋、なんですか?」
「そうだ」
ということは、ここは宮殿か。
奥にこんなに必要ないだろうという大きさの天蓋付きのベッドがあるので、寝室なのだろう。
(さすが皇帝の寝室!)
調度品はどれも一級品なのだろう。毎日磨いているのかというほどの輝きを放つ家具たち。
あまりの美しさに目を奪われていたが、少し冷静になってハッとする。
「『俺の部屋を使え』って、あなたはどこで寝るのですか?」
「睡眠は必要ない」
「……でも、ベッドがあるということは、眠ることもあるのでは」
「……続きをするか?」
「へ?」
続き?
声が上擦ってしまった。類の部屋でのことを思い出し、徐々に顔が熱くなる。
つ、続きとは、あの続きってこと!? あ、あれ? 父に釘を刺されているのでは?
「……続きをするならここで寝る」
「い、いえ!」
反射的に拒否してしまった。少し冷静になっている今の心境では、「はい」とは言えない。
「……」
自分で聞いといて、不満気な顔を向けてくる。なら聞かなければいいのに。さり気なく一緒に部屋に入って、そういう雰囲気になったら、もしかしたら自分も……。
そう考えてしまって、いやいや! と頭を振る。結婚を許してくれたのだから、約束は守らないと! キスはしてしまったけど、それ以上は絶対に駄目だ。
両親の顔を思い浮かべて、ぐっと拳を握る。
「お部屋、有り難く使わせていただきます。ありがとうございます」
ペコリと頭を下げる。チラリと上目遣いで見た雷帝の顔は、今も尚不満気だ。というか少し不機嫌そうに見える。
「ペレとのことを許した」
「……え?」
「家族のいる家では我慢した」
「……」
沸々と怒りが沸いているのか、声が低い。
ペレとのこと……とは、キスのことか。やはり根に持っていたのか。
「い、いや、だって、『朝まで俺の部屋を使え』って」
「その気にさせておいて引くのはやめろ」
「そ……その気に? 私がいつ」
「自覚がなくても罪は罪だ。償え」
そう言って部屋に押し込められて扉が閉まる。
「だ、駄目ですって! やめて!」
「さっきは受け入れたのに、今は何故駄目なのか訳が分からん!」
「だって、父が駄目だって!」
「さっきも知っていただろう」
「そ、そうですが! 今は駄目です!」
(さっきはお父さんがそう言ってたなんて最初知らなかったから、ちょっと期待してたし)
そういう気持ちになったし。
でも今は少し違う。
多大な覚悟を持って、天上界へ来た。皇后になるために。
今はそういう気持ちだ。それに、両親への罪悪感も強くなっている。
「もういい!」
バーンと扉が閉まって、雷帝は行ってしまった。
(怒っちゃった)
でも、今は“違う”のだから仕方がない。
閉じた扉を見て、はぁと溜息をついた。怒る気持ちが分からないわけではない。ただ類としても複雑なのだ。父の気持ちも蔑ろに出来ない。
(聞いてなければ、受け入れたのかな)
考えてみるが、よく分からない。そもそも“受け入れる”って何だ? 知識はあるし知ってはいるが実際のところどうなのか全く分からない。積極的にそうなりたいとは特に思わない。怖いし。
もしかしたら、父の思いを言い訳にしているだけなのかもしれない。
ただ、類の部屋での触れ合いは心地良いと感じた。もっと触れていたかった。ずっとあの状態でいたいと思った。
ペレに触れられた時のゾクリとする感じでは決してなかった。
今は考えても仕方ないし、気持ちを切り替えようと、豪華な部屋を見渡す。中に扉がいくつかあるのを発見した。
(探検してみよう)
ちょっとワクワクしてきて、扉を一つずつ開ける。
一つ目の扉の中にはこれまた豪華なデスクと椅子がある。本棚も。
(ここは……書斎? 仕事場かな? 別の場所に書斎あるのに。あっちがメインなのかな)
別の扉を開ける。
(でかっ!!)
思わず目を見開いて、口をあんぐりと開け立ち尽くした。
目の前には、大浴場かというほどのでかさのお風呂があったから。
(そういえば、お風呂入ってない)
『あるものは何でも使っていい』と言っていたし、有り難く使わせてもらうことにした。
巨大な風呂場の面積を、ゴージャスで大きな浴槽がでーんと陣取っていて、綺麗なお湯が貯まっていた。三十人くらいで入れそうな浴槽だ。観葉植物などが周囲の所々に飾られていて、手入れが行き届いているように見える。浴槽の周囲には適度に広いスペースがあるが、洗い場はない。
(うわぁ〜贅沢!)
シャボン玉みたいな形と色の石鹸のようなものが浴槽の近くにあったので使ってみた。良い香りがする。
(いつもこんなお風呂に入ってるのかなぁ、いいなぁ)
皇后になったら、自分もこんな風呂を使えるのだろうか、とふと考えて、そんな邪な気持ちで皇后になることを考えてはいけないと反省した。
良い香りを纏って、風呂場にあったでかすぎるバスローブを着て、部屋に戻る。
(ああ、大満足! 最高!)
そしてボフンと巨大なベッドに飛び込んでみた。
フカフカなベッドからは、雷帝の香りがふんだんに香ってきて、くらっとした。
(媚薬みたいな香り)
誰もいないのをいいことに、シーツに顔を押し付けてみる。
永遠に嗅いでいられるくらい、良い香り。
(なんか、変態みたい……)
自分の行動にハッとして、ささっとシーツの上で正座する。
そして、改めて天上界へ戻ってきたんだなと実感する。
(皇后になるまでは、人間界と行き来出来るんだよね。皇后になった後は、出来ないのかな)
そんなに忙しいのだろうか。皇后の仕事とは。
思えば、皇后になろうとはしているが、それがどんなものかはあまり考えたことがなかった。雷国には皇后がいたことがないらしいので、お手本がいない。
(他国にはいるのかな?)
宴には、皇后は一人も来ていなかった。
考えてみたら、類はこの天上界について、限定的な情報しか知らない。これからここで生きていくことになるのだから、勉強していかなくてはならない。
(そうだ。お父さんとお母さんに、永遠に近い命のことを言いそびれたんだよね)
敢えて、ではあるが。
せっかく結婚を許してくれたのに、それを言ってまた反対されたくはなかったから。
(頃合を見て、いつかは言わなきゃ)
正直、父と母が、類が皇后になることについてどう認識しているのかは分からない。
高校を卒業するまで少し猶予があるのだから、その間によく考えろということなのか。
そしてまた唐突に、父と雷帝が玄関で話していたことを思い出した。
あの後、類の部屋で雷帝と初めてのキスをした。
父に『手を出すな』と言われた(らしい)矢先。
雷帝は、父から言われたことをどう捉えているのか。キスする前は躊躇っている感じがあった。ということは、あの時キスしたのは、類の心情を察してのことだったのだろうか。
(そうだったとしたら恥ずかしすぎるんだけど。なんか、がっついてるみたいじゃんか。……ていうか、今更ながらとんでもないことをしちゃったのでは)
冷静に考えてみると、隣の部屋の弟たちに聞こえていたらとんでもないし、何であんなことをしてしまったのかと頭を抱えて叫びそうになる。
あの時はそういう気持ちだったから。
で、片付けられるのか?
考えれば考えるほど、どうかしていたとしか思えない。
鮮明にあの時のことを思い出してしまって、最大級にこっ恥ずかしくなってくる。
(あああ〜! 何であんなことしちゃったんだろ。うわぁ、冷静に考えるとめちゃくちゃ恥ずかしい)
先程の雷帝の不満気な顔を思い出す。
(期待させちゃってたのか。あんなことしたから。そりゃあそう思うよね。でも、お父さんのことがなくても、いつでも出来るわけじゃなさそう……)
じゃあいつならいいのか。
自分のことなのによく分からない。
あの時はどうだったか、と思い返してみる。
(あの時は、自分の部屋で安心感もあったし、キスされると思ったから、覚悟も決まっていて、受け入れ体制が整っている状態だった、と思う)
実際、先程も考えていたように、決して嫌ではなかった。どころかむしろ……。
あのまま続けていたらどうだったのか、と想像して、頭が活火山状態で今にも噴火しそうだったのでやめた。
(寝よう)
疲れているのに、何故か目が冴えて眠れる気がしない。
媚薬のように鼻孔を刺激する匂いのせいか。
体を包む力強い腕と、重ねた熱い唇の感触を思い出してしまって、ギュッとシーツを掴む手に力が籠もった。
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