対決の準備へ

1/2
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/102ページ

対決の準備へ

「雷帝。どういうことでしょう? この娘は行方不明になっていたはずでは」 「見つけて連れてきた。それだけのことだ」 「……先程レム様が仰っていましたが、その者と寝所を共に?」 「……そうだ」 (部屋を貸したって言うと、まずいのかな)  レムも驚いていたし。  ヴァルト卿と雷帝のやり取りを聞いて思う。 「寵愛なさることに関しては、何も言いますまい。しかしこんな噂が宮殿内で流れているので危惧しているのです。貴方様がこの娘を皇后にしようとしていると」  それはお前も同じだろう、と思ってしまう。自分の娘を皇后にしようとしているではないか。 「何か不都合があるか?」  雷帝の言葉を聞いて、ギョッとした。 (言うんだ……)  嬉しい。が、大丈夫かと思ってしまう。ここには、敵が多すぎる。 「とんでもないことです。その者は素性が怪しい上に、ユリア様を害したと噂される者」 「口を慎め。ルイが犯人である証拠は出なかった」 「しかし他に犯人は見つかりませんでした。つまり、上手く隠している者がいるということです。その娘の疑い自体が完全に晴れたわけではありません」 (白々しい!)  怒りが込み上げる。  ユリアを害したのはお前とフローラだろう! と、声を荒らげそうになって、何とか思い留まった。  それでは、同じになってしまうから。  フローラがユリアを害したという証拠もない。つまり、本当に害したかどうかは分からない。  この父娘(おやこ)は、とてもよく似ている。飄々と他人を貶めることが出来る。 (たちが悪い)  自分はそうなりたくないと思って、迂闊に口を開かぬよう下を向いた。拳を握り締めて。 「どーせあんたの娘がやったんでしょう? いかにもやりそうだもの。あの性悪なら」 「レム。やめろ」 「どうして? ルイが疑われてるなら、疑いを晴らさないといけないでしょ? 真犯人が見つかれば、万事解決じゃない」 「犯人はその女に決まっている」  唸るような、一際低い声が響いた。 「ユリアに嫉妬して、毒を飲ませたのだ。醜悪なその女が。目をお覚ましください、雷帝。貴方らしくもない。いくら外見が良くとも、功績があろうとも、他人に毒を盛るような者を皇后にすることは断じてあってはなりません。清廉潔白。それは皇后となる者に必須の条件なのです」  ヘルマン卿。  この人は、本来正義感の強い男なのだろうと感じた。  類を貶めよういう魂胆だけで発言しているわけではないと分かる。その眼差しも、真っ直ぐなゆえに恐ろしい。  本当に、心の底から類を娘を害した犯人であると疑い、恨んでいる。そのために、冷静さを失っているように見える。   「今はそれを議論する場ではない。改めて機会を設ける。それを待て」 「……私が以前、何度進言しても聞く耳を持たれなかったので、諦めておりましたが、機会を設けてくださると?」 「戦争を控えていたからだ。戦争が終結した今、全てを解決出来ることが望ましい」  雷帝の言葉を聞いた後、ヘルマン卿は類をじろりと一睨みすると、雷帝に向かってすっと頭を下げ礼の姿勢を取った。 「それを楽しみにしております。では、私はこれで」  そして、さっさと行ってしまった。 「私共も、失礼させていただきます。雷帝。先程お部屋でお話しました件、よくお考えください」  ヴァルト卿と文官たちも、一礼してあっさりと去っていった。  その後、はあ〜と漏れる雷帝の長い溜息を、レムと二人で聞く。 「ルイ。人前に出ると大騒ぎになると言ったはずだが?」 「すみません」 「私が連れて来たの。そうそう、ユリウス。ルイとルームシェアしたいの。いいでしょう?」 「駄目だ」 「なんでよ〜! 別に問題ないでしょ!? 特に理由なくとりあえず断るのやめなさいよ!」 「ルイはお前の玩具じゃない」 「玩具なんて思ってないわよ! 可愛い可愛い義妹(いもうと)なんだから、私が守りたいの。いいじゃない。後宮に入れたら、あの性悪女に何されるか分からなくて心配でしょ? ユリウスの部屋だといろいろと言われるのは目に見えてるし、一番良い選択肢だと思うけど」  確かに、レムの言うことは一理ある。レムと一緒なら、万が一何かあった時の証人にもなる。 「……」  雷帝も、少し考えているように見える。そこでレムがこっそりと耳打ちするように、背伸びしながらその耳元に顔を近づける。こうやって並んでいると、流れるような美しい金髪の色が全く同じで、改めて本当に双子なのだなと思う。 「たまにはこっそり部屋に連れて行ってあげるから。ね? いいでしょ? 私の部屋にいることにして、アリバイ工作出来るんだから、ユリウスにとっても悪くない条件だと思うわよ?」 「いいだろう」   (え?)  いいのか。  やけにあっさり許可が降りた。 「やったぁ! ルイ! これからよろしくね!」  レムが飛び上がって喜ぶ。この(ひと)は本当に皇帝だったのだろうかと思ってしまうほどに、とても無邪気に見える。先程ヴァルト卿と対峙した時は少し違ったが。心底嬉しそうなその顔を見ると、何だかくすっと笑えてしまった。  それからレムは、雷帝に先程の件について小言を言われたのに文句を言い、また強引に類の手を引き上階へと戻った。   「ここがメイクルームでしょ。そしてここが」  ガチャリとレムが扉を開く。 「お風呂!」 「わぁ〜」  雷帝の部屋のものに負けないくらい広くて豪華な風呂に、類のテンションは上がる。あれから早速レムの部屋を案内されているのだ。  目の前にはパールで出来ているのかというほどに、ミルキーで上品な輝きを放ち、ほんのりピンク色の浴槽と、ピカピカの床。洗い場は同じくない。雷帝の部屋の風呂よりも、随分明るくて女子っぽい。 「気に入った?」 「はい」 「良かった!」  眩しすぎる笑顔を向けられて、ドキリとする。    雷帝に似てるとは言っても、もちろん性別が違うので顔は多少違う。どうやら性格も全く違うようだ。  それでも、レムのこの外見は、雷帝に対するものと同じように何故か心惹かれるものがある。 (遺伝子レベルで相性が良いってヤツ? 双子だから共通するものも多いとか? 神に遺伝子があるのか知らないけど) 「オーダーメイドで早急に作らせたの。私、豪華なベッドとお風呂がないと生活出来ないから」  髪をさらりと手で流しながら、レムは言う。 (悪役っぽい台詞だけど、何故か嫌味がない)  自分は優遇されて当たり前と思っていそうなところが、やはり雷帝のお姉さん。しかし、それを許されて然るべきと思わされてしまう貫禄がある。 (作らせたって、そっか。確か光国は滅んで、レム様の帰る場所は、もうないんだよね……)  ヴァリスから聞いた、オルムとその兄弟との戦争の話を思い出す。 「光国は……オルムに……?」  聞いてはいけないかと思ったが、聞いてしまった。その戦争で、レムはオルムに囚われ、長い間地界で眠らされていた。 「いいえ。光国を滅ぼしたのはペレよ。私を騙して、誘拐して、国を滅ぼしたのよ」 「えっ!?」  まさかそんなこと、と思ってしまった。そこまでのことをしたとは思っていなかった。ヴァリスからも聞いていない。それはまさに悪神ではないか。 「アイツはね、油断させるのが上手いの。私もかつてアイツと付き合ってたことがあるから、まんまと騙されてね。ほんと、一生の不覚だわ」  はぁ、とレムは溜息をつく。  今、さり気なく爆弾発言を聞いたような。 「ペレと付き合ってたんですか!?」 「そうよ? ていうか、アイツは天上界の女神ほぼ全員と一度は付き合ってるわよ」 「なっ……!!」  女たらしなのは知っていたが、想像以上の女性遍歴に絶句する。   天上界の女神ほぼ全員、というのがどれほどの数なのか分からないが。 「私はほんの一瞬よ。気の迷いってヤツ。本気で好きになるわけないじゃない? あんなサイテー男」  そこは激しく同意。  思わずうんうんと頷いてしまう。しかし本気で好きじゃなくて付き合うとは、一体どういうことなのか。そこは分からない。 「ルイも手出されて……るわよね? 可愛いし。アイツが見逃すはずないわ」 「……ファーストキスを奪われました……」 「……え? それだけ?」 「……? それだけですが」 「嘘ぉ。アイツがそれで済ますわけないじゃない。しっかり頂かれて……ないの?」  「ないです」  あってたまるものか。ちょっと危なかったけど。 「あ、そっか。ユリウスが守ったのね。普通に戦ったら、アイツ、ユリウスに手も足も出ないから」 「……はい」  雷帝とペレが、建物の中で戦って、血だらけのペレの髪を雷帝が乱暴に掴むシーンを再び思い出した。 「貴女の相手がユリウスで良かったわね。それ以外なら太刀打ち出来なかったわよ、たぶん」 (……そうなのか。……光国を一人で滅ぼすくらいだもんね)  雷帝は、その時は守れなかったのだろうか。 「あ、そうだ!」  突然、レムが思いついたように声を上げる。  「ちょっと待ってて」と言って、部屋の中を移動して、大型の洋服棚の扉を開けた。中にはハンガーに掛かった色とりどりの綺麗な服が所狭しと並んでいる。 「商団を呼び寄せて“大人買い”したの。ユリウスの手持ちで。見たことない服が沢山あって面白かったわぁ。私が眠ってる間に、いろいろ変わったのね〜。えーっと、確かこの辺に」  やがてレムが一着の服を取り出して戻ってきた。 「これ。着てみて」 「え?」 「絶対ルイに似合うと思うの。その格好もボーイッシュで似合ってるけど、ちょーっと勿体ないのよねぇ」  レムの手元にある服を見る。黒のワンピース、なのか。スカート丈がすごく短いように見えるが。 「ほら、早く!」 「わ! じ、自分で出来ますから!」  無理矢理脱がされそうになったので、仕方なく着替えることにした。 「ほらぁ、やっぱり似合う!」  ワンピースを着た類を見て、レムは両手の指を絡ませるように合わせながら、満足そうに笑う。 「ちょ、ちょっと、スカート短すぎるんじゃ」  少し首元が詰まっていて、ピッタリと体にフィットするタイトなノースリーブの黒のワンピ。膝と足の付根の中間より少し上辺りに裾があり、さらに右サイドにスリットの入ったスカート部分。  人間界にありそうな服。周囲の人たちの服装とは少し雰囲気が違う。 (そういえば、地界の服もこんなんばっかだった) 「脚が綺麗なんだから出さなきゃ勿体ないわよ! 胸はちょっと寂しいけど」  グサッ  レムはシルヴァくらいの身長で、細くて折れそうな体なのに、何故か胸元には巨大なものが備わっていて、思わずはぁ〜と深い溜息が漏れた。それに気づいたのか、レムは類の肩をポンポンと叩く。 「だーいじょーぶよ〜! 知ってる? ユリウスの女を選ぶ基準」  ぴくり、と類の耳が反応する。 「え……雷帝の、女を選ぶ、基準?」  なにそれ。聞きたい。 「直接聞いたわけじゃないけど、私なりの分析よ。まず顔! 次に脚! そして身長! 身長は、高くないと脚の長さが足りない場合が多いからってのもあると思うわ。あとは自分の身長とのバランスね。胸は優先順位低めだから、安心していいと思うわよ?」  安心、していいのか。何という有益な情報。さすが姉。  まあ、選ばれている時点でその可能性はあるかもとは思っていたが。  実際に聞くと心強い。 「だから脚を出すの。そしたら喜ぶから。絶対にね」  レムは美しい顔でニヒッといたずらっぽく笑う。 (そういえば、シルヴァ様もいつも脚出してた……) 「絶対に皇后になってね。ルイ。貴女以外、私は認めないから」
/102ページ

最初のコメントを投稿しよう!