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その後、お手入れと称して風呂場に連行された。
「完璧よ! まさに私の妹に相応しいパーフェクトビューティーよ! ルイ!」
「……」
ヒールのある黒のショートブーツを履かされ、メイクとヘアメイクまで施されて、鏡の前で呆然と立ち尽くす。メイクのポイントはやや濃いめの赤い口紅だそうだ。
なんという強引さ。
ルームシェアなんてして良かったのだろうか。しかし今更取り消すことは出来なさそうだ。
「それじゃ、戦地へ赴きましょうか」
レムがさらりと言った言葉を反復する。
「え、戦地へ……赴く……?」
「もとい、ライバルを牽制しに行くのよ!」
「……はあ」
「イマイチ実感が湧いてないようね。あのね、ルイ。さっきも言ったけど、私、絶対に貴女を皇后にしたいの! でも、ヴァルト卿とヘルマン卿のあの態度、見たでしょ!? あの二人は内政を取り仕切ってる。実権を握っているということよ。今、雷帝側の人間には、内政を取り仕切れる人材が不足しているの」
「……はい」
それはヴァリスに聞いたことがある。ヘルマン卿は当初中立の立場だったらしいが、今は敵だ。
「つまり、今のところ不利ってことよ。だから私達がこれからやることは、何が何でもライバルを蹴落とすこと! 皇后になる可能性のあるヤツを消し去るのよ!」
「いや、消し去ったら駄目なんじゃ……」
「例えよ! 皇后の座を狙うライバル。つまりフローラよ!」
「……はい。それは、フローラの罪を暴く、ということですか?」
「その通り! 貴方もそう思ってたのね。雷国に来てから、暇だったから一通り今までの情報を集めて精査していたんだけど、明らかにフローラは怪しいわ。というか、気に入らないわ! あの女が皇后の座を狙ってると知って、何とか食い止めないとと奮起したのよ!」
「事件のことを調べたんですか?」
「ええ。後宮にまで赴いてね。ユリアには会えなかったけど、他は全員会ったわよ」
(すごい行動力。雷帝は止めなかったのかな)
「貴女も、皇后になるつもりはあるんでしょ? ユリウスの女なら、そうなりたいわよね?」
そう聞かれて、ヘルマン卿からぶつけられた恨みの感情を思い出した。
皇后になる、つまり、雷帝の心を手に入れた証明を得る、ということは、他の女たちを蹴落とし、そのプライドや心を傷つけるということ。覚悟を持って、身一つで後宮に入った女たちを。
しかし、ここまで来てしまったのだから、もう後戻りは出来ない。覚悟はすでに決まっているはずだと自身に言い聞かせる。
嫌悪していた後宮のシステムの頂点に立ち、そして、変えてやる。二度とこのようなことを繰り返さぬよう。
類はコクリと頷く。
「はい!」
それを見て、レムもよし、と言うように頷く。
「じゃあ行くわよ! フローラの所へ!」
そのまま手を引かれて、「え!? この格好で!?」と聞く。
「そうよ? 美しい衣装は鎧よ! 戦闘服よ! 侮っては駄目。外見は相手を牽制する最大の武器。良いモノ持ってるんだから存分に使わなきゃ」
当然! という風にレムは言う。
戦闘服。
武器。
そんな風に考えたことは今までになかった。
「あ、でも胸はちょっと足しときましょっか」
と言って、かさ増しされた。
レムの部屋のある階にはほとんど人がいないのだが、下へ降りて人がチラホラ通る階に来ると、周囲の視線が痛すぎて顔を上げられない。
(か、帰りたい……女装するだけでも恥ずかしいのに、パンツ見えそうだし。なんか、上手く丸め込まれたような気が)
「ユリウスだけじゃなくて、他の男共の味方も増やせそうね」
ふふふっとレムは笑いながら、類の手を引く。視線に耐えきれずに、類は口を開く。
「や、や、やっぱり、着替えて来ます! こんな格好でウロつくのは抵抗が」
「何言ってるの? 男の格好よりよっぽど良い効果をもたらすわ。皇后になりたいんでしょ? 慣れなさい」
戻ろうと力を入れた類の手を、レムは逃さないとばかりにぐいっと引っ張る。
「ルイ!?」
ふと、前方から聞き覚えのある声がして、顔を上げると懐かしい顔が目の前にあった。
「ルーカス!!」
驚きと嬉しさで顔が綻ぶが、すぐにハッとする。
「その格好……」
「わあああっ! こ、こ、これは! ……その」
カアアッと顔が熱くなる。
(ある意味一番見られたくなかったかもー!!)
男の格好でしか会ってなかった人に、この格好で会うのは気まず過ぎる!! それでも類の心情など関係ないというように、レムは手を離してはくれない。
「あら、知り合い?」
「あー…………はい、兵士だった時の先輩で」
「って、あなた護衛隊長じゃない!」
「……え?」
(護衛隊長?)
「護衛兵を統率する隊長よ」
「……ルーカス、出世したの?」
「ああ。戦争が終わって、第一部隊が解体されたからな。それぞれ皆出世してるぞ」
「そうなんだ! おめでとう!」
「ありがとう。そういうお前は、今までどうしてたんだ? 戦争が終わった後、しばらく姿が見えなかったが」
「あーうん……いろいろあってね」
「だろうな……よく無事だったな。本当、良かったよ。――で、その格好は?」
「う……それはツッコまないで」
「めちゃくちゃ似合ってるぞ。というか、お前やっぱり美女だったんだなぁと改めて思ったよ」
「そんなこっ恥ずかしいこと、さらりと言わないでよ」
「いや、ほんとに」
「でしょでしょ〜? もっと言ってあげて」
ひさしぶりに会ったのだから、もっと他愛無い話をしたかったのだが、そうもいかないらしい。ただルーカスが出世したのは、単純に嬉しいので聞けて良かった。
(有能だもんね。ルーカスなら、どんな仕事でもソツなくこなせそう)
ルーカスはガーラに呼び出されているそうなので、その後すぐに別れた。
「護衛隊長は味方っと」
レムが独り言のように言う。宮殿の外に出ると、周囲がザワッとして、またもや兵士たちの視線が痛い。ああもうどうにでもなれと、半ば投げやりな気持ちになって、抵抗をやめた。
「レム様の隣の女、誰だ? 見たことないぞ」
「すっげー美人。スタイル良すぎだろ」
「そりゃあレム様の知り合いの女神だろ? あの美貌は」
「同レベルで可愛い。迷うな」
「お前、レム様に忠誠を誓うとか言ってなかったか?」
などと聞こえる。
足早にその場を去ろうとした時、
「ルイ!!」
と、またもや聞き覚えのある声が。
「あ。ヴァリス」
「レム様とルイ。珍しい組み合わせね」
ヴァリスが黒い翼を揺らしながら近付いて来る。
「ご両親の許可が降りたのね!?」
「あ、はい……まあ。一応は」
高校を卒業するまでは、結婚出来ないが。
「何その格好、最高じゃない! 私好みよ」
あ、本当だ。黒のワンピースと靴に赤い口紅。まるでペアルック。
「今、ちょうど次の予定まで時間があるの。ちょっといいかしら?」
「駄目よ。今からフローラのところへ行くんだから」
ヴァリスの誘いに、レムが直ぐ様反応する。
「フローラのところへ?」
「例の件でね」
「……その前に少し作戦を練るのはどうでしょう? いろいろと話も聞きたいし」
ヴァリスとは情報を共有しておいた方がいいのは間違いない、と思い、
「レム様。少しヴァリス様とお話してからでもいいですか?」
と言った。
「まあいいけど」
少し不服そうだったが、レムが了承したので、再び宮殿に入り、応接室のような部屋に三人で入った。
そして、今までの事の経緯を全て説明した。
「大体のことは雷帝から聞いていたけど……あなたも大変だったわね。よくぞ任務を完遂したわ。本当にすごいことよ。私達にとっても、この作戦は大きな賭けだったの。あなたのおかげで、賭けに勝つことが出来たわ」
向かいの席に座るヴァリスは、類の顔を見て、ふふっと優しく笑った。そして類の隣に腰掛けるレムの方へ顔を向ける。
「それで、フローラに会って、どうなさるおつもりだったのです? レム様」
「『あなたがやったんでしょ? 白状しないとどうなるか分かってるわね?』と二人で圧をかけながら詰め寄るのよ」
ヴァリスの質問に、レムが腕を組みながらさらりと答える。
そんなつもりだったのか。それじゃまるでヤンキーでは……。
「というのは建前で、本当の目的は使用人たちとの接触よ」
「……さすがレム様ですわ。ただ、そう簡単ではありません。フローラとヴァルト卿は、全ての使用人たちの弱みを握っているのでしょう。それがあの者たちのやり方なのです。そのため使用人に白状させるのは困難ですわ。そして、あちらは着々と準備を進めています。まずはこちらも準備をしないと」
着々と準備を進めている?
「皇后になる準備を進めている、ということでしょうか?」
類はヴァリスに聞く。
「そうよ。根回しをね。女官、下女、兵士、住人、それぞれに種まき役を仕込んで、味方を増やしているわ。類がいないのをいいことにね。雷国の住人は新しい風を求めている。国が変わる重要な局面よ。この勢いを後押しに、一気に皇后に駆け上がる魂胆なのよ。一歩遅れると、対抗する機会を逃すわ」
「毒物事件の犯人として、フローラを挙げるのが一番手っ取り早いんじゃないの?」
「そうですわね。ただ、証拠がない。あちらもみすみす証拠を握らせることはしないでしょうし、今はこちら側の味方を増やす方法が一番堅実かと思いますわ」
「ユリアに、会えないでしょうか」
類は、思いつくままにヴァリスに言ってみた。
「ユリア?」
「はい。ユリアは被害者ですし、何かまだ情報を持っているかも。それに、あれからちゃんと話す機会がなかったので、話したいんです」
気まずいことには違いないが。それでも、いつまでも避けて通ることは出来ない。いずれは話さなければならない時が来る。
「そうね……でも難しいかもしれないわね。特にあなたには、会いたくないと言う可能性が高いから」
ヘルマン卿が、ユリアは特定の人間としか会うことが出来ないと言っていた。
毒物を飲まされて以来、疑心暗鬼になっているのだろう。無理もない。
「……そうですよね」
「方法がないわけではないわよ?」
レムが言う。
「え? 本当ですか?」
「真正面から入らなくても、勝手に入っちゃえばいいのよ」
「え?」
「ここから、ユリアの屋敷に飛ぶことは出来るから」
雷帝が、光で移動していたのを思い出し、ハッとした。レムにも同じことが出来るのか。
「で、でも、雷帝はここではそうしませんよね?」
「そんなことが出来ると知らないからね、一部の者以外は。基本的に人前ではやらないのよ。私もユリウスも。だって、皆気が気じゃないでしょ? そんなことが出来ると知ったら」
「……確かに」
いつどこから皇帝が出没するか分からなければ、皆常に気を張っていなくてはならない。
「それなら、やってはいけないのでは」
「でも、時間がないんでしょ? 必要なら仕方ないじゃない?」
「ユリアに会うのは、待ってちょうだい。少しアテがあるの。今、オスカが雷帝の命で定期的にユリアに会っているのよ。調査の延長でね。雷帝も同じことを考えていて、少しずつ深掘りしている最中なの。上手く行けば、ヘルマン卿をこちら側に引き込めるわ」
雷帝も、同じことを。
ユリアが、フローラにとって不利な発言をすれば、もしかすると局面が変わる可能性がある。
「ユリアはオスカに任せて、あなたはまずはシルヴァに会いなさい。次にセシリア。この二人は変わらずあなたの味方よ。二人の勢力を取り込み、集結させることで力とするのよ。そしてエリサベト。エリサベトは、何とも言えない。あなたの対応次第かもしれないわ。それと、あなたを支持する女官たちの集団が、今は息を潜めているけど、姿を見せれば動くはずよ。上手く使いなさい。今はバラバラとなっている力を集めて、その上にあなたが立つの。あなたなら出来るわ。フローラには、しっかりと準備を整えてから会うのがいい。切り崩す隙はどこかにあるはず。それを見極めるの。勝負はそれからよ」
「はい」
レムもじっとヴァリスの言葉を聞いている。
ヴァリスと別れ、宮殿を後にして、レムと共に後宮へ向かう。
「まずはシルヴァの所、ね」
レムがヴァリスの話に納得したのか、ポツリと呟く。
後宮の門番は渋っていたが、レムが押し切って中に入ることが出来た。
(いいのかな……)
今更ながら、雷帝に黙って勝手なことをして大丈夫なのかと心配になってくる。しかしヴァリスも承知のことなので良いのか。
レムについてそろそろと後宮に入ると、門の周囲で仕事をしていた下女たちは皆手を止め、たちまち大騒ぎとなった。
「すごい人気ね、ルイ」
レムが感心したように言う。近くにいた女官たちも集まってきて、あっという間に大きな人だかりが出来た。
(なかなかシルヴァ邸には辿り着けないかも)
レムが一緒だからなのか、囲まれながらも少し距離は保たれていて、もみくちゃにはされていない。
女官や下女たちからは、類の無事を喜ぶ声と、戦争の成果について賞賛するような意見が多かった。それと格好についても。
レムの一言でようやく解放されて、シルヴァ邸へ向かう。何だか体力を消耗したような。すごいパワーだった。
「さっきから、ずっと付いてきてるヤツがいるのよねぇ。それも気配を消して。素人じゃないわね」
シルヴァ邸へ向かう道を歩いていて、突然レムが言う。
「そこのヤツ! バレてるわよ!」
レムが勢いよく茂みの方を振り返る。全く気づかなかった、と類は驚いて茂みの方を見る。
「やっぱバレてたかぁ、さすがレム」
そう言いながら姿を現したのは下女の格好の女。
(誰だろう? 『レム』って……)
「……やっぱ、あんたよね」
茂みの陰で、赤くて長い三つ編みが揺れる。
「ペレッ!?」
「ルイ。会いたかったよ」
先程まで下女がいた場所には、いつもの格好をして、口元に笑みを浮かべたペレが立っていた。
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