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対決の準備へ②
「ああ、ルイ。そんなに離れてないはずなのに、ずっと離れ離れでやっと再会出来た気分」
ペレは感動するような表情で見つめてくる。両手の平を自身の胸に当てて。
「何でここに!?」
「ルイが今何してんのかなぁとか、ずっと考えてたらいてもたってもいられなくて、来ちゃった。そしたらエクセレントな格好したルイを見つけてついつい興奮して、一瞬気配消すの怠っちゃったんだよね〜」
「……」
引いたんじゃなかったのか。まさかこんなに早く再会するとは思わなかった。
「この変態。よく私の前に姿を現せたわねぇ」
レムがゆらりと低めの声で凄む。いつの間にかペレの近くに移動している。ペレはそんなレムにチラリと目を向ける。
「ごめん、レム。君のことも好きなんだけど〜。僕、今はルイのストーカーだから〜」
“ストーカー”って言ってるし。
「は? 何勘違いしてんの? ど――――でもいいわよ、あんたが誰のストーカーになろうが、腐ろうが死のうが! それよりも。よくも私を騙しておいてノコノコと姿を現せたわねって言ってるの!! 馬鹿なの!? ねぇ、馬鹿なの!? 女の尻を追いかけることにしか頭使えないの!?」
「悪いと思ってるよ〜。あの時は仕方なかったんだって。ごめんね。許して?」
“あの時”とは、オルムとの最初の戦争の時か? ペレが、光国を滅ぼしてレムを誘拐した時……? そうだとしたら謝り方が軽すぎる。
「そんなんで許してもらえるとでも思ってんの!? 土下座一億回でも許さないわよ!! あんたのせいで父が死んで、私はずっと地界に……絶っ対に許さない!! 『結婚しよ』って言った癖にっ!!!!」
(えっ!? 『結婚』っ!?)
衝撃的な言葉に類は面食らう。言われた当の本人は、ポリポリと頭を掻きながら困ったような顔をして言う。
「あ、真に受けちゃった? ほんとごめんね〜。ほんの一瞬油断させるだけのつもりでついた嘘なんだ。って、あれ? 何で泣いてるの?」
「このクソ虫っ!! 死ねっ!! 死んじまえっっ!!」
「う。苦しい……首、締まって……ゴホゴホッ だ、だって……僕とレムじゃ性格合わないって言って、別れを切り出したのはレムの方じゃん」
「あんたが浮気ばっかするからでしょ!? 何私のせいにしてんのよ! 馬鹿! ボケカス! 察しなさいよ!!」
(この二人……付き合ってたって言ってたっけ。レム様は……もしかしてまだペレのことを好きなの? でも確かペレは、レム様を誘拐して光国を滅ぼしたって)
なんか……すごく複雑な関係っぽい。
じりじりと二人から距離を取る。
(私の出る幕はなさそう)
「ルイ! コイツは私に任せて、シルヴァの所へ行って!」
「はい」
「ああ〜ルイ〜!」
レムも同じことを思っていたようだ。ペレがこちらに手を伸ばしているが、レムにガッチリと固められていて動けなさそうだ。
(今のうちに)
類は慣れないヒールで躓きそうになりながら、シルヴァ邸へ向かって走った。
シルヴァ邸に辿り着くまでに、何度か女官や下女たちの集団に捕まった。その度に大騒ぎとなったが、どうにか切り抜けて現在、シルヴァの部屋にいる。
シルヴァは変わらず面積少なめの薄手の衣装を身に纏って、ゆったりと腕を組み微笑んでいる。
「ルイ。本当に、無事で良かったわ。戦争の間、貴方の身に何かあったらと思うと気が気じゃなくて、ずっと心配してたのよ」
「こちらも壮絶な戦いが繰り広げられていたと聞きました。シルヴァ様もよくぞご無事で」
「私は何も出来なかったから、ただ隠れていただけよ。宮殿の敷地内にはあまり巨人は攻めて来なかったの。雷帝を引きずり出したくなかったのかもしれないわね。市街地へ戦いに行った兵士たちには多くの犠牲が出たそうよ」
シルヴァは腕を組んだまま僅かに俯く。
類は地界で見た巨人の兵士を思い出した。
(皆、あんなのと戦ったんだもんね。立ち向かうだけでも相当の勇気がいる。私なんて巨人を前に動くことすら出来なかった……)
目を閉じて、兵士たちの勇気に敬服する。
「皇后になるんでしょう?」
突然、シルヴァが言う。
「雷帝がそれをお望みで、貴方も応えた。あとは条件をクリアするだけね。私も出来る限りの協力をさせてもらうわ」
少し間を置いて、シルヴァは続ける。
「その代わりと言っちゃなんだけど、お願いがあるの」
「何でしょう?」
「貴方が皇后になった暁には、」
シルヴァは妖艶な二重の目を、真っ直ぐに類に向ける。
「私を後宮から解放して欲しいの」
思わず、大きく目を見開いた。
『解放』――――
分かっていたことだ。
分かっているつもりだった。
いくら雷帝を神として崇拝しているからといって、本妻を迎えた男の側室としていつまでもいられるわけがない。
味方として、ずっと応援してくれていたことに甘えて、除外していた。
シルヴァを、傷つける女たちの中から――――。
考えたくなかっただけなのかもしれない。
シルヴァから雷帝を奪うという現実を。
シルヴァなら許してくれると漠然と思っていたのか――――?
何も言えずにいると、シルヴァはふっと微笑む。愛おしそうなような、寂しそうなような、複雑な表情で。
「貴方が考えていることが分かるわ。手に取るようにね。心配しないで。貴方は何も気に病む必要はないの。これは運命だから。運命が、このように定めたのよ。雷帝と貴方が出会ったのも、私があの方と結ばれないことも全てね。と言うより、あの方と出会えたこと自体が、私にとって奇跡だったのよ。ほんの一瞬でも、私を見て下さっただけで、もう満足なの。それ以上は望まない。あの方の幸せが、私の幸せ。遠くから、二人のことを見守らせてちょうだい」
どうして。
涙が流れた。
隠されていた本音が、垣間見えたから。
この女は、本当は雷帝を男として愛している。
崇拝する神様なんかではなく。
そう思ってしまった。
だから、側にいることが出来ないのだと。
シルヴァは泣かない。
その代わりのように、類の目からは涙が流れる。
この女から与えてもらった数々の恩恵を思い出す。
自分がシルヴァの本心を勘繰るなど、おこがましいと分かっている。
でも――――――
『あの方の心なんて大それたものを望めないことも最初から分かってたけど、それでもいいと、本気で思っていたのよ』
以前のシルヴァの言葉に、本音が隠されていたと、本当は気づいていたのかもしれない。
『思っていた』
その言葉が、確かにあの時引っかかった。
溢れる涙を腕で拭う。
「泣き虫ね。何で貴方が泣くのよ」
困ったような顔をして、シルヴァは近くの棚の引き出しを開ける。美しい純白のハンカチを取り出して、そっと類の頬に当てた。
「貴方は美しい。姿も、心もね。だから任せられるのよ。あの方をお願いね、ルイ」
シルヴァの部屋を後にして、ぼーっと廊下を歩く。すぐ横に、大きな額の中に納まる雷帝の絵があった。
オルムと戦っている、勇ましい雷帝の姿。
オルムとの最初の戦争。
シルヴァは、雷帝のことを知りたくて、戦争の絵を集めたと言っていた。
シルヴァの想いは、類が想像することが出来ないほど深いものであるということは分かる。
感謝と共に、何とも言えない罪悪感が付き纏って、考えるだけで胸が痛くなる。
「ルイ様」
雷帝の絵の前で立ち尽くしていると、後ろから声をかけられた。振り返ると一人の女官が立っていた。見覚えがある。この人は確か『ルイ様をお守りする会』の会合で前に立っていたリーダーの女官。
「皆を集めました。私たちはずっと、ルイ様のお帰りを待ち望んでおりました」
女官について、とある部屋に入ると、わあああっと歓声が湧き、輝かんばかりの笑顔の女官たちが類を迎えた。前と同じく、三十人ほどの女性たち。
「ルイ様がおられない間、私たちに出来ることはないかと模索して、皆で出来る限り仲間を集めました。今では後宮の半数以上の女たちがメンバーとなっています。メンバーたちは、普段はそのことを公言しないよう気をつけています。しかし、ルイ様がお声掛けすれば、全力でルイ様のお力となるでしょう」
なんと。
後宮の半数以上?
それはどれほどの人数なのか。というか、一体どのような方法で集めたのか。
「ルイ様。前に」
リーダーに促されて、皆の前に立つ。皆の視線が自身に集まっているのを感じる。
人間界でも人前に出る機会は多かった。しかし元々得意な方というわけではなく、こうやって皆の前で話すのは少し緊張する。
「皆、私のために集まってくれてありがとう」
大きく息を吸ってから第一声を発すると、呼応するように部屋が湧き立つ。何を話せばいいのだろうと戸惑いながらも、皆の顔を見渡しながら、思いつくままに言葉を紡いだ。
「私はまだ、皆のために何も出来ていない」
と言うと、「そんなことありません!」「ルイ様は、天上界を守るために尽力して下さったではありませんか!」「ルイ様の存在自体が、私達の希望です!」という声をかけられる。まるでアイドルにでもなった気分だ。
「ルイ様! どうか私たちの皇后に!」
どこからかそんな声が放たれると、それに乗っかるように、皆が口々に『皇后』という言葉を口にする。
「この国の皇后となれるのは、ルイ様だけです!」
「どうかご決断を!」
「雷国に繁栄を!! 皇后様万歳!!」
一頻り盛り上がって、類が一呼吸置いてから、
「ありがとう」
と声を発すると、その場がしんと一斉に静まった。
「正直に言うと、自信はない。それでもすでに心は決まっている。私は、この国の皇后になる!」
再びわあああっと歓声が轟く。
「勢いだけで突っ走るかもしれない。詰めが甘いと言われるかもしれない。でも、皆にとって良い国にしたいと思ってる。まずはこの後宮を変えたい。皆が幸せで、笑顔になれるように。理不尽に泣くことがないように。皆の意見を聞かせて欲しい。――こんな私だけど――ついてきてくれる?」
「ルイ様」「ルイ様」「ルイ様」と皆が口々に言う。中には涙を流す者も。
リーダーが一歩前に出た。
「ルイ様。私たちの心は決まっています。やりたいように、なさってください。皆、貴女に付いていきます!」
その時、突然扉が開いて、意外な人物が中に入ってきた。
「大盛況ね。ルイ」
くすくすと笑いながらその場に現れたのはシルヴァだった。
「シルヴァ様」
「あなたたち、ここの仕事はほどほどにルイに協力することを許可するわ。思う存分にやりなさい。ちなみに」
シルヴァは扉の外に目をやる。
「下女たちも、集まってるわよ?」
皆で部屋の外に出ると、シルヴァの言葉どおり下女たちが集まっていた。この屋敷の殆どの下女だろう。
「拠点として使っていいわよ。この屋敷を。そして、その作戦会議に私も混ぜてくれない?」
シルヴァはうふふっといたずらっぽい笑みを類に向けた。
「『ルイ様をお守りする会』のメンバーには、フローラ邸の女官や下女が数人含まれています」
「本当!?」
あれから下女たちにも声掛けし、一先ず解散して、シルヴァ、ルイ、会のリーダーの女官であるニーナのみで別部屋にて作戦会議を行うこととなった。ニーナにフローラ邸での事件のあらましを説明したところの、先程のセリフだ。
シルヴァは紅茶を一口飲むと、カタンと目の前のソーサーの上にカップを置いた。
「それは好都合ね。フローラの陰謀を暴けるわ」
シルヴァの言葉に、ニーナは表情を僅かに曇らせる。
「それが、そう簡単にはいかないかと。実は、その会のメンバーであるフローラ邸の女官や下女たちは、数日前から行方不明となっているのです」
「なんですって?」
行方不明。
それは、つまりフローラに感づかれたということなのか。
「おそらく警告です。私たちに対しての。何らかの方法で彼女たちが会のメンバーであることを知ったフローラが、警告のために捕らえたのだと私は思っています」
「その人たちは無事なのかな!?」
「分かりません。もしかすると既に……」
何ということだ。
フローラは本当に手段を選ばない。
握った両拳が震える。
「それは問題だよね!? 雷帝に報告した方がいいんじゃ」
「無駄よ」
シルヴァが眉間を寄せて言う。
「里帰りさせたとか、何とでも言えるわ。後宮を現在管理している権力者は側室。自分の屋敷内のことはどうとでもなるのよ。雷帝はあくまでも君主だから、表向きは中立でなければならない。簡単には動けないの。それにフローラにはヴァルト卿がついている。後宮から出された女の行方を操作することなど、造作もないはずよ。つまり密かに消されていたとしても、証拠は簡単に消せるということ」
「それじゃあ、その女たちは」
「残念ながら、どうしようもないわね」
「そんな……」
自分のために、力になろうとしてくれた人たちなのに。見捨てることなんて出来ない。
「生きている可能性もありますよね!?」
「……フローラは屋敷の地下に独自の牢獄を持っていると聞いたことがあるけど……まだ生きていれば、そこにいる可能性はなくはないかしら」
「助けに行かなくては!」
「一体どうやって? 侵入することなんて出来ないわよ? フローラが見逃すとは思えない」
ピンとあることを思いついた。
「アテがあります!」
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