救出

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救出

 唇を離した後、すぐ目の前にある驚いたような顔を見る。  憎らしいほどに整った顔。  何故この男でなければ駄目なのか。  理由は分からない。  コイツと別れた後、何人かの男神と付き合ってみたが、結局誰のことも好きにはなれなかった。  私が求めているのはこの男。  おそらく、ずっとそれは変わらないのだろう。  なのに、この男は手に入らない。  一時手に入っても、するりとすり抜けるように、私の手から零れ落ちてしまう。 「どうやったら、手に入るのよ。あんたは」 「レムが望むならいつでもお相手するよ」 「そんなんじゃなくて! どうやったら永遠にあんたを私のモノに出来るの!? 氷づけにでもすればいいのかしら!?」 「僕ら綺麗な三角関係だね。いや四角か。ユリウスも合わせて。幸せなのは二人だけだよね〜」 「あんたが私に惚れれば四人とも幸せなんだけど?」 「うーん、ルイの次にはレムが好きなんだけどなぁ〜ルイに出会っちゃったから」 「ルイはすでにユリウスのものなんだから諦めなさいよ。それに『次に』って、じゃあルイに出会う前は私が一番だったってこと? 嘘ばっかり」 「ほんとだよ」  そんなわけはない。それなら誘拐して地界で長い間放置しておくはずがない。  でもそれを言ったところで本音など分からない。  はぁと溜息が漏れた。 「もういい。あんたと話しててもずっと堂々巡りで生産性ないから。決めた。私、今度こそあんたを手に入れるわ。あんたが何を言おうがしようが関係ない。どんな手を使ってでも手に入れてやるから覚悟しなさいよね」 「それいいね。なんかドキドキしちゃう」  この男の言うことはもう気にしない。  絶対に手に入れる。  私のプライドにかけて。    ◇◇◇  シルヴァとニーナと話した後、類は早速レムと別れた茂みの多い場所に戻るが、レムとペレどちらの姿も見えなかった。  茂みの中を覗くが見当たらない。  レムの力を借りて、フローラ邸の地下へ移動出来れば、フローラに見つかることなく女官たちを救出出来る。  そう目論んだのだが、肝心のレムはどこへ行ったのか。  ふっと突然、生暖かい風が耳の辺りに当たって、「ひっ」と思わず声が出た。 「ルイ。戻ってきてくれたんだね〜」  振り向くと、宙に浮かんでこちらを見ているペレのニヤけ顔が目の前にあった。  近付いてくるその顔を避けようとするが、間に合わずガッチリと両手で両頬を掴まれる。 (ひぃっ。ヤバい)  青ざめたまま目を見開いて、為す術なく近付く顔面を凝視していると、ゴツンとすごい音が鳴って、するりと頬にあった手が離れ、そのままペレは大の字になって地面に突っ伏した。  眼前には怒りの表情のレムが。 「(いった)いなぁ。もう。捕まえるならもうちょっと優しくしてよ」  ペレが頭を押さえてレムに向かって抗議する。 「あんたいい加減にしなさいよ!! ルイのおかげでようやく捕まえられたわ」  はあはあと息を切らすレムは、まるで手綱を引くようにグイッとペレの赤い三つ編みを掴んだ。 「いだっ」  頭を引っ張られたペレが声を上げる。  レムの話によると、二人はあれから影と光の移動で追いかけっこをしていたらしい。ペレは楽しんでいたような節があるが、レムは本気だったっぽい。  ペレの三つ編みとそれを掴むレムの手首が、突如現れた金色の紐のようなもので結ばれる。 「私から逃れられると思わないことね」 「『あんたなんかいらない』って言ってた癖に。ぷぷっ。ほんと素直じゃないよねレムは。最初からそう言えばいいのに」 「私が素直じゃなくなった原因を作ったのは誰よ! あんたは人を苛立たせる天才よね。人の気も知らないで。言っとくけど責任を取らせるためよ! 自分の犯した罪の重さを思い知るまでは絶対に逃がさないんだから!」 「はいはい。相変わらず情熱的だね。そういうとこは嫌いじゃないよ」 (なんだかんだ、この二人仲良いんじゃ。二人がくっついてくれればなぁ)  レムがペレを抑えてくれるなら安心だ。  ぼんやりとそんなことを考えて、ハッとする。 (そうだ! 女官たちを助けに行かないと!)  目的を思い出し、早速話を切り出す。 「なるほどね~。もちろんいいわよ」  事情を話すと、レムはあっさりと承諾してくれた。そして「あんたも来るのよ」とペレの三つ編みをグイッと引っ張る。肩肘をついて寝そべるような姿勢で宙に浮くペレは、頭を引かれて「ええ〜? 何で僕が〜?」と顔を歪める。 「罪滅ぼしよ。私に対するね」  ぶちぶちと文句を言いながらも、逃げようとはしないペレ。 (あの紐で結ばれてるから逃げられないのかな)  ペレの三つ編みとレムの手首を結ぶ金色の紐を見て、雷帝が使っていた金色の檻やヤクザたちを縛った縄のようなものを思い出す。あれで捕らえられると逃げられなくなるのか? 双子なのだし、レムに同じことが出来ても不思議ではない。 「じゃ、早速行きましょ」  レムの空いた方の手が類の手を掴むと、眩い光に包まれて、茂みの中にいたはずの三人はいつの間にか見知らぬ場所へ移動していた。  灰色の石で出来た壁と天井に囲まれた狭い空間。足元には石段。  石段は螺旋状になっているようで、上下共に先は見えない。どうやら階段の途中に出てきたようだ。  所々にトーチが灯っているが薄暗く、ひんやりと冷たい空気が肌を撫でる。錆びた鉄のような独特の匂いがする。 「大体の場所で出てきたから、ちょっぴり外しちゃったみたいね」  ペロッと舌を出すレム。 「いえ、この階段の下にシルヴァ様の言っていた牢獄がありそうです」  小声でそう言うと、警戒しながら早速階下へ向かう。類たちが階段を降りる音以外に、物音はしない。宮殿の監獄に雰囲気が似ていることから、この下に目的の場所がありそうだと直感する。  それにしても、何故屋敷に牢獄など持つ必要があるのか。 「なぁんで僕が、ルイが皇后サマになる手助けをしなきゃなんないワケ〜? ただルイに会いに来ただけなのに」 「今後あんたの希望が通ることはないと思いなさいよね。散々人を苦しめて来たんだから」  レムがピシャリと言い放ち、三つ編みを引っ張ると、ピンと髪が張って後ろを向いて胡座をかいたまま浮かぶペレの頭が引かれ、強制的に階下へと向かわされる。 (散歩中の犬みたい)  その姿を見て思わずそう思ってしまう。  それにしても、ペレを強制的に動かすことが出来るとは、やはりレムは雷帝の双子の姉というだけあり、力を持っているのだと感心する。  しばらく石段を降りると、ほんのりと青白い光が見えてくる。ゴクリと唾を飲み込んで、先に進んだ。一番下まで降りると、青白い照明が類の体を照らした。最下層であろうそのフロアには扉はなく、壁に体を貼り付けて、警戒しながらそっと中を覗いた途端、類は絶句した。  その(ひら)けた空間には、あらゆる種類の拷問器具が置かれていたから。よく見ると、器具に埋もれるように石の壁についた鎖に両腕を上げた形で繋がれ、膝をつき(こうべ)を垂れた若い女の姿がある。女はボロボロの布を纏っていて、至る所に痛々しい傷があり、血を流している。壁に取り付けられた鎖は複数あり、その先端についた(から)の手錠には血の跡がついている。もしかすると、他にも捕まっていた人がいたのかもしれない。 「酷い……」  思わず口元を押さえた。おそらく捕らえられた女官もしくは下女なのだろうと思う。果たしてまだ生きているのだろうか。 「うわぁ〜残酷〜」 「あの女……やっぱり思ったとおりの性悪ね」  中を見たペレとレムも口々に言う。ここには繋がれた女の他には誰もいないようだ。 「だ……れ……?」  意識があったのか、項垂れた女が僅かに顔を上げる。虚ろな目の下には濃い隈が出来ている。  ハッとして、器具の隙間を縫い女に駆け寄った。 「助けに来たよ! フローラにやられたの!?」  女は目を見開く。 「ル……イ……様? ど……うして」 「いや、話は後でいいや! とにかく逃げないと!」  女の手首についた手錠を外したいが、鍵のようなものは見当たらない。 「私に任せて」  レムが隣に来て、手錠に手をかざすと、ガチャリと鍵の外れる音がして、女の手首が解放された。  女はそのまま倒れるように、前のめりになった。 「大丈夫!?」 「は……い。ありがとう……ございます」  涙を流しながら、女は全身を震わせる。 「シルヴァ邸へ行きましょう!」  女の背に手を置いて類がそう言ったのを、レムが「待って」と遮る。 「この人が突然いなくなったらあの女が怪しむわ。身代わりを置かないと」  レムの言葉に、それもそうだとは思ったが、一体どうするのか。 「あんた、そういうの得意よね?」  レムがペレを見て言う。 「え〜。やだよ〜。めんどくさい。僕にメリットないし〜」 「グタグタ言ってないでやりなさいよ!」  そんなやり取りをしていると、ガコンという大きな機械音のような音が聞こえた。続いてゴゴゴゴゴ……という何かが動くような音がする。天井からか。 「あ……」  女が突然、悲壮な顔で震え出す。 「フローラ様が……来ます」  この大きな音は、石段に続く扉の開く音か何かなのか。 「なんですって!? 早くしなさいよ! ここで見つかったら台無しじゃない!」 「ええ〜」  小声で急かすレムの言葉を聞いても、ペレはまだ渋っている。 「んもう! しょうがないわねぇ! ルイが後で借りを返してくれるからやって!」  突然レムは突拍子もないことを言う。 「え!? ほんと!?」  目を輝かせたペレは、ぴょんと跳ねるように胡座をかいた姿勢のまま一瞬で類の目の前に来る。 「えっ!? いや、そ、それは」 「ここは仕方ないわ、ルイ! 貴重なカードを手放すわけにはいかないんだから」 「それはそうですが······」  何を要求されるか分からないのに、簡単に承諾出来ない。  そうこう言っているうちに、ゴゴゴ……と鳴っていた機械音が止まった。  フローラが降りて来ようとしているのか。 「早くしないと見つかっちゃうよ〜」 「うう……わ、分かった……」  震える女にちらりと目をやって、仕方ないかと項垂れながら了承する。 「オッケー、交渉成立。何をしてもらおうかなぁ。ワクワク」  そう言いながら、ペレは慣れた手つきで床の隅を這う虫を一匹捕まえる。 (うげ。ゴ○ブリ!?)  かと思うと、あっという間に虫は捕らえられていた女そっくりの姿に変わった。体の傷もきちんと再現されている。  カサカサと逃げようとする女の姿をした虫を捕まえると、ペレは素早く手錠に繋ぐ。 「これでよし」  パンパンと軽く手を叩きながら満足気に言うペレの前には、元ゴ○ブリが手錠に繋がれ暴れている。虫だからか、どこを見ているのか分からないので、正気を失ってしまったように見える。 「じゃあ行くわよ!」  レムは全員を一箇所に集めると、体から眩い光を放った。
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