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エックハルト伯父様
それは、私、ランデフェルト公国公女ベアトリクスと、ヴォルハイム太公アルトゥル様との婚姻の儀を一週間後に控えた、ある夜のことでございました。
婚姻の儀を前にして、最近はずっと宮廷はばたばたしていました。婚姻の儀ですが、まずヴォルハイム大公の使者が我が国を訪問し、正式な文書を調印します。それから私はヴォルハイムの使者と共に、この国を巣立つのです。数名の家臣、侍女たちが私には随行してくれますが、それでも私は自分の家の者ではなくなり、別の家に入ることになるのです。
またその婚姻の儀は、私の十六歳の誕生日でもありました。これは王侯貴族の子女としては異例です。なぜなら、この時代の王侯貴族は、赤子のうちに結婚が決まり、婚姻の儀ももっと早くに取り交わしてしまうのが常でした。なぜなら王侯貴族にとっての結婚とは、国家間の契約だからです。一方の私は、自分自身の意思でもって、婚姻の契約書に署名することになっています。
それも形式上のことで、私は決められている通りに動くだけなのだ、そんな風に私は考えておりました。と言って、この婚姻に不満があるとか、そういうこともなかったのですが。アルトゥル様はその才気と武勇を持って諸国に知れ渡る、二十九歳と、私とは十三歳も離れてはいるのですが、男振りも良い(私がこんな表現をするのも憚られるのですが)、そんな御方でした。そして私は、その妃となるべく、幼少の頃から養育されてきたのです。
とにかく日中は、私も何らかの用事にずっと忙殺されており、宮殿内を見て回る暇はなかったのです。ランデフェルト公宮は宮殿としてはやや小ぶりで、庭も室内も、いつも綺麗に整えられていました。私にとっては庭木の一つ、そしてベンチの一つも、慣れ親しんだ家でしたから、婚姻で家を出る前にそれら一つ一つに別れを告げておきたいと、私はそう考えていました。
私はバルコニーのある区画へと向かっていました。真夜中が近づいていましたが、幸い満月が近く、明るさに不自由はありませんでした。このバルコニーは南に面しており、この時間であれば月がよく見えるだろうと、そう思ったのです。
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