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教師の話
「姫様、今日もご機嫌麗しゅう」
廊下で、タレハ宮殿を訪れている赤エビが、元々曲がった腰をさらに曲げて挨拶する。
「ええ。ごきげんよう」
「今日も一段と美しいですね」
「本当。ありがとう」
今度は青いサバだ。
ほめられるのは嬉しいけれど、こう毎日のように言われるとどうもありがたみが半減してしまう。それに宮殿は広いのだ。一々挨拶を返すのは一苦労なのだ。
ミレナは海の青さよりも蒼いサファイアが散りばめられた扉を開け、勉学の間に入った。
「今日はぎりぎり、遅刻せずにいらっしゃいましたね」
サロン先生が笑顔で迎える。ミレナの三倍は年をとった先生だけれど、美貌は全く衰えていない。
「ええ。何とか」
ミレナは荒い息を悟られないよう努めて平静を装って挨拶を返した。
周りが透けて見えるような純度の高い黒曜石の椅子に座る。
「ミレナ様。王族として必要な知識と品格はもう教えてあります。今日は私が貴女に勝る唯一の点、経験についてお話したいと思います。どのようなお話を聞きたいですか」
ミレナはサロン先生の厳しさの中にある優しさが好きだった。礼儀作法の授業は途中で投げ出したくなるほど辛かったが、授業の中で怒鳴られたことは一度も無かった。
また、たまにこんな話題を振って、ミレナの知識欲を刺激してくれる。
「やっぱり、人間のことが知りたいわ。本で読んだだけでは分からないですもの。サロン先生は何度も海上に出て、人間にお会いしたことがあるんでしょう」
「そうですね」
サロン先生はあごに手を当てた。
「人間はとても変わった一族です。私は彼らと交流したのはたった三度。それも月の出ない日。私の姿は見えなかったでしょうね」
人間と私たちでは種族が違う。お互いに会わない方が余計ないざこざがおきないことは分かる。けれどミレナは、一度でいいから人間の姿が見たいと思った。
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