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瀬山 2
「おい、瀬山、どこへ行ってやがった。客を待たせやがって。」
「わっちは浦島様を浜までお見送りでありんす・・・はははっ。」
「ふざけるな!今度やったら、おちょろ舟に乗せるぞ!」
「あぁ怖い、怖い・・・」
落ちてもおちょろまで落ちやしないさ。親の艱難で売った身でも、津山嘉右衛門の娘、時尾には一筋の武士の血が流れてござる。
巳の刻まで一寝入りするとしよう。せっかく床についたのに、客を送った女たちの足音が、襖越しに聞こえてくる。
「また、恋咲岬から身投げだよ!」
「またかい?」
「扇屋の薄雲だとよ。」
「新造かい?」
「あぁ、若いのになあ。」
「それが心中だから厄介さ。」
「相手は?」
「どっかのお屋敷さんらしい。心中じゃ男も女も死んで良かったなぁ。」
「どうしてだい?」
「もし片方だけ死んだら、生き残った片割れは下手人だ。御上に首斬られるのさ。」
「両方生き残ったらどうなるんだい?」
「三日晒されて非人に成り下がる。生き地獄は変わらねぇ。」
「一緒に死ねて薄雲は幸せってことか。」
「男と心中するようじゃ不幸じゃろう。」
「そういや薄雲はちょっとばかし綺麗な顔だったな。」
「別嬪でもあんなとこから身投げとは悲しいのぉ。」
「安心しろ!ぬしの器量じゃ、一緒に死ぬ男もおらんじゃろ。っはははは!」
「何を!」
「静かにおし!寝られないだろ!」
「おお怖い。瀬山の雷は御上より恐ろしい。」
「はははっは・・」
大部屋で雑魚寝する女たちが、取っ組み合いの喧嘩になる前にいつも止めてやる。喧嘩も苦界の息抜きかもしれないが、騒がしくて寝られやしない。
浜に上がったのは扇屋の女郎か。男と身投げとは、惚れてたのか。男に惚れるなんて莫迦な女郎だね。それともこの世から逃げたのか、逃げられるもんなら逃げたいねぇ。
「瀬山さん、おたかさんが呼んでる。内所に行っとくれ。」
仙吉が襖の向こうから声を掛けてくる。
「聞きなすったかい?」
「うるさいねぇ!一度言やぁわかるさ!」
「虫の居所が悪うござんすね。」
寝られないんだから機嫌も悪いさ。血の巡りも悪くなる。体が石でできてるようだ。重くて仕方ない。寝床に根っこが生えちまったみたいだ。ようやっと起き上がって階段を降りる。こんなに段があったかね。
「瀬山さん、どうなすった?」
禿のおはつは十なのに気の配れる娘だ。買ってやった紅い繻子織の襟を掛けている。花簪も買ってやらないと。
「あぁ、体が重くて堪らない。」
「わたしの肩にお捕まりください。」
「ありがと。」
おはつの小さな肩に捕まるが、余計に心許ない。なんとか階段を終わって、大きな息をつく。
「もういいよ。お下がり。」
「へい。」
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