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顔を上げると、ユウが俺の肩に両腕を回してきた。背の高いユウが小さい俺に寄りかかるみたいなアンバランスさでよろけて、背中が壁につく。俺は覆い隠されてしまう。カフェを行き来する人たちからも。何もかもから。
「アキ」
「なんだよ」
「…どこ行ってた?」
「え…?」
耳元で、ユウのかすれた声。
カゴにぶどう酒じゃなくてゴムをしのばせて、校舎の外れまで赤ずきんの格好でお出かけしてたなんて言えない。
「ユウ、怒ってる…?」
さては、俺が当番をさぼったと思っているんだな。真面目なこいつならありそうなことだ。
「どこにも、行ってない」
どこにも行ってないよ。俺はどこにも行けない。
いつもユウでいっぱいだから。
ユウがボールを追いかけたり友達と学食でしゃべってるとき、俺が何してるかなんて知らないくせに。
ユウの、せいなのに。
「接客の当番は、ちゃんとやったもん…」
「知ってる」
ユウの声が息遣いといっしょに首筋にかかる。
とけちゃいそうだ。
「じゃあ、何」
肩にかかるユウの腕の重さ、きもちいい。
知らない男相手のセックスよりも、ずっと。
「知らないおじさんからもらったお菓子は食べちゃだめ」
きゅ、と手をにぎりしめる。包装紙のとげとげが刺さる。
「…って、子どものとき教わっただろうがよ」
「…おじさん? 若かったよ」
「俺たちからすればじじいだったじゃん」
ぐるぐる渦巻いた、カラフルなひも状のグミ。
こんなの、欲しくない。
とりどりの仮装姿が、まるで浮遊するように廊下を流れていく。
俺がいちばん欲しいのは。ううん、たったひとつの欲しいもの。それを、ユウがくれればいいのに。
いちばん近くに、いる。
近くにいても、こんなに遠い。遠くても、ふたりの距離は幼なじみって呼ばれる。
「出し物、いっしょに回ろうよ。見たいもんないの?」
苦しいのは、ユウの馬鹿力のせいだけじゃない。
俺はするりと逃れる。文字どおり、逃げる。
「このかっこで?」
「いいじゃん、ハロウィンなんだから」
スカートの裾をひるがえして人混みにまぎれる。
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