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1.センパイ
雨だって言ってたっけ? 天気予報。
多目的室の窓からは、四角く切り取られた雨の向こうに総合体育館が見える。
5階建てに地下のトレーニングルームまでついたご立派な建物。
ユウがいるのは、何階だろう。
「…よそ見すんな」
センパイに髪をつかまれる。
「これさあ、ほんとに染めてないの」
つかんだ髪を、今度はこめかみに添わせて撫でる。
染めてるに決まってんじゃん。
染髪パーマ鼻ピアス化粧に女装、何でもありの私立男子校、だからこそいじくってない男は価値が上がる。
染めてない、地毛なんだーって罪のない明るい嘘をつくと喜ぶ男は多い。あ、それから、濃すぎないピンク色で数多の男にしゃぶられてもぼてっと腫れ上がらない処女みたいにひかえめな乳首にも。そっちは嘘をつきようもないからホンモノだ。
「…せんぱい、部活、行かなくていーの?」
「少し遅れるって1年に話しといた」
「少しでいいの?」
「長く楽しませてくれんのかよ? どうせすぐイっちまうだろ、空輝は」
思いきり、下卑た笑み。
このひとはセンパイっていう名前じゃ、ない。
でも名前、なんだっけ?
サッカー部に所属しているってことは、おぼえてる。太くて硬い腿を俺の脚のあいだに割り入れてくるのは窮屈だ。
「俺のこと、すき?」
ただのひまつぶしだ。
でも好きと言われたい。
本当は好きじゃなくてもいい。
あの愛想笑いのひとつもこぼさない引き締まった唇の代わりに、言って欲しい。
「好きだからこういうことしたくなるんじゃん」
カッターシャツのボタンをぷちぷちと外す。ネクタイは緩めないままだから、まるで首輪だ。
横長の机と机のあいだに身をひそめると、先輩は俺の胸にくちづける。
「あ…」
さわられてるとこよりもむしろからだの内側を、その少し厚ぼったくて赤い唇が這うような感覚が走る。
「…んっ…」
「お前、ほんとここ敏感だよな」
熱い吐息が肌にかかる。
そうかもしれないね。でもべつにそれはセンパイのせいじゃない。
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