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夜の海にただよう行先
星が降る。そんな夜に今日も鉄の母体に揺られて帰る。ガタンゴトン…低く暖かい音に包まれながら家路に着く。朝はあんなに人が多かったのに。今は、ただ1人ここにいる。
かの有名な文豪は、鉄道の物語で電車に乗るまでの間を埋めることが出来ず、『ページが抜けている』と表した。彼の伝えたいことはこの言葉でまとめられているらしい。
かく言う俺は…微睡みの中で佇む。周りは暗くとても、煌びやかだった。あの物語の電車は自然の光に包まれている。俺は、人の力で出来た命をともす無数の灯りを見つめている。素早く後ろに進む輝きの中に、笑い、悲しみ、嬉しみ、苦しみ、思い出が、未来が詰まっているのだろう。
ゆっくりと船を漕いでいた。
「羅針盤はそれで合ってるか?」
目の前で誰かが俺に問いかける。姿は見えるのにハッキリとは分からない彼は、優しい声で問いただしてくる。周りは、星が輝く空と、それを反射する鏡のような海だった。
「そんなんじゃ、いつか迷子になっちゃうよ」
答えを待たずに次を言う彼。俺は…話したくとも声が出なかった。
「でも、今までずっと悩んで、生きて来たもんな」
何かわかったかのような口調。聞き馴染みがある声。見た事のある背丈。触ったことのある髪型。
「そんで、悩んで悩み続けて、吐きそうになっても負けずに悩んできたもんな」
知ってるよ。そう言いたいのだろう。
何となく自分も感じた。俺も君のことを知ってる気がする。
「大丈夫。お前は、その後ちゃんと答えを出してここまで歩いてこれてる。回り道ばっかだったけど、ちゃんと自分の道を歩んでる」
彼は手を高く天へと延ばす。行先はそこだと言わんばかりに星空を指さす。
沢山の光の中で、数多の命の中で、彼はただ、指を指している。
「この星はお前が行き着く未来。全部輝いてる。いいんだ。胸はれ。お前が行きたい場所に行けば、それが答えだ」
俺を見る彼は、やはり見慣れた顔だった。いやいや布団から這い上がり、いやいや顔を顰めながら、髪をとかして、ため息をして、見つめる…俺の顔。
「さぁ、羅針盤を調節して、お前のゆく道を突き進め!」
白く濁る。彼は、最後に…『お前の1番の味方だから…』そう聞こえた気がする。
遠くで知らない声が、自分の最寄りを放った。
行こう。
どんな、明日であれ、未来であれ、それが僕の進むレールだ。
どこまでも続く。見知らぬ未知へ。
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