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前から目をつけていた資産家が家族で三時間ほど留守にするという。
この情報を仕入れて牧田(まきた)は心ウキウキ有頂天――「また、たんまりと稼いでやるぜ」と、ほくそ笑んだ。
普段は水道会社に勤めているが、それはあくまで表の顔、裏では自分が担当した家々に、こっそり潜入口を仕掛けて、金品を盗むコソ泥だ。この手口で警察に捕まったことがなく、被害に遭って経営破綻した資産家や家族を尻目に、自分の預金通帳の数字が増えるのが唯一の生きがいという男だった。
裏稼業は情報収集が欠かせない。それを当て込んで盗聴器で、その住人の生活習慣を売る情報屋が横行している。そんな連中に狙われたら一巻の終わりだ。ターゲットの家族構成、食事時間、就寝する時間、入浴時間を事細かく調べ上げ、隠し部屋にある金庫のありかまで筒抜けになってしまう。
こういった輩は、追加料金をドロボウ仲間から請求し、ハッキングで防犯カメラの映像を消すようなことまで請け負うから油断できない。
だが、その情報屋の顔色はさえなかった。
「本気であの家を狙うのかい?」
「当然じゃねえか」と、答えれば、「犬に用心しな」と、白髪頭をボリボリと掻く。
この老人、表向きは電気屋のオヤジだが、ガキの頃から手癖が悪く、引退してからは、ターゲットの情報を仕入れて自分より若いドロボウに売って暮らしている。
「犬を飼ってるのか?」
それを聞いて、牧田は顔をゆがませた。下手な警報装置より厄介なのを知っているからだ。
「ブルドッグかそれとも、ドーベルマンか?」と、問えば、「トイプードルだ」と、答える。
それを聞いて、「な~んだ、脅かすなよ」と、彼は笑い出した。
「大したことねえじゃねえか」
ところが情報屋のオヤジは首を横に振る。
「大ありだよ! 確かに犬はかわいいもんだが、首輪のセキュリティシステムがやばい!」と、注意してきた。
「どんな?」と、訊けば、「そのワン公が、主人と間違えて尻尾を振ればなんでもないが、もし吠えでもすれば、セキュリティロボットが反応して即、御用だ」
「どんな機能があるロボットなんだよ?」
「あんたも知ってるだろう、クモ型の最新式のヤツさ」
「くそ! ガードランナーAファイブか!」
「あれは、こっちの手足に液状の樹脂を吹きつけて、動けなくしてしまう。それにやられると、警備会社が持っている薬品を塗らないと樹脂が溶けない。まず脱出は無理だな」
「トリモチみたいなもんか?」
「まあ似たようなもんだ」
「そいつはやばいな」
牧田は腕を組んで考えた。
「なにかいい知恵はねえか? オヤジ?」
「その家の主人に化けるしかねえだろうな、主人の匂いをつけた服を着てワン公をせいぜいかわいがるんだ。もちろん別料金だけどよ」と、もみ手する。
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