第一章 代打ですが仕事は完璧にこなします

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「沢渡さん、第二営業部に回す資料ってどうなっている?」 「仕上げて確認に回しています」  素早く答えてキーボードを打ち続けるが、さっきから仕事に身が入らない。  原因は間違いなく昨晩の家事代行業での出来事だろう。まさか社長が契約社員である私の顔と名前を一致させているとは思いもしなかった。  契約社員なのでダブルワークは就業規則違反ではない。下手に嘘をついたり、誤魔化したりするのは得策ではないと判断し、伯母との関係や大学時代からこの仕事をしていることなどを正直に話した。  そのため伯母の代わりに来たのは身内のコネだと思われたかもしれないが、どっちみち社長のマンションに足を運ぶことはもうない。とはいえ私自身はともかく、紅の信頼を落とすわけにはいかなかった。  あの説明で社長は納得してくれたのか。ダブルワークをしていることでシャッツィの仕事を軽んじていると思われたかもしれない。  憂鬱な気持ちが抜けず、集中力が落ちている。それでもなんとか仕事をやり終え、伯母の家へ向かった。  昨日の一件について、伯母には一応、代打で来た私が若いと依頼主が不安を述べたので、次回は他のスタッフを検討した方がいい、と昨夜のうちにメールをしている。  ただ、彼とのやりとりはそれだけではないので、念のため直接話しておこうと思ったのだ。伯母の顔も見ておきたい。  事務所ではなく伯母の自宅に向かうと連絡はしている。 「未希おかえり。昨日は私の代わりにごめんね、お疲れさま」  明るく出迎えてくれたのは、母の姉である小松紅実(くみ)だ。年齢を感じさせない若々しさがあり、手術のときに長かった髪を耳の下でばっさり切ってからがらりと印象が変わった。けれどショートカットの伯母ももうすっかり見慣れたし、よく似合っている。
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