第一章 代打ですが仕事は完璧にこなします

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 翌日の仕事帰り、私は前と同じ角度で暗くなる空を背景にマンションを見上げていた。まさかこの高級マンションに再び足を踏み入れる日が来るとは思わなかった。前回来たときと同じように、入口の前で建物をまじまじと見つめる。  今日は正式に私を担当者として受け入れる代わりに、いくつか打ち合わせをさせてほしいという相手の申し出でやってきた。おかげで荷物も少なく身軽ではある。  最低限の化粧に、ボリュームスリーブの白いカットソーとブルーのパンツを組み合わせ、シンプルにまとめた。家事代行業で大事なのは清潔感で、華美な服装は避けるようにしている。  今日は社長が在宅らしく、渡されていたカードキーでそのまま彼の部屋へ向かう。  依頼主の留守中に作業することもあれば、在宅しているときに家事をする場合もあるので、どちらのシチュエーションも慣れているはずなのに、今日はやけに緊張していた。  私は今、家事代行業者として訪れているにもかかわらず、契約社員としてシャッツィの社長に会うという意識に傾きそうになる。  しっかりしないと。  自分の手で両頬を軽く叩き、営業用のスマイルを作る。そのとき、前回は自分で開けたオリーブ色のドアが開いた。 「こんばんは。家事代行サービス『紅』の」 「どうぞ、中へ」  定番の挨拶を遮られ、出てきた社長に中へと促される。出端をくじかれるとはこのことだ。調子を崩しそうになったが、気を引き締めて足を踏み入れた。
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