第一章 代打ですが仕事は完璧にこなします

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「失礼します」  社長は自宅だからか休みだったからなのか、スーツではなくシャツに黒のスラックスといつもよりラフな格好だ。前髪も下ろしているので、社報や遠目に見たことのある彼のイメージとは、かなり違う。 「わざわざもう一度来てもらって悪いな」 「いえ、これも仕事ですから」  意識しているのが伝わらないように、極力平静に返す。ちらりと社長がこちらに視線を寄越してきたが、思わず目を逸らしてしまった。  だめだ。失礼のないようにと思っているのに……。  妙な緊張感に息が詰まりそうになりながら、リビングに入る。 「コーヒーでかまわないか?」 「あ、いいえ。おかまいなく」  キッチンへ向かう社長に反射的に答えた。自分の仕事を考えたら、彼にここで働かせてよいものか。 「かまわない。今日はサービスを頼んでいないからな」  私の心の迷いを読み、社長はスパッと言い切る。手際よくコーヒーメーカーにセットされた豆が音を立て挽かれ、ややあってコーヒーのいい香りがしてきた。  手持ち無沙汰だった私は、そっと彼のそばに近づき隣に立つ。 「社長は紅茶よりコーヒーがお好きですか?」  本来なら〝進藤さま〟と呼ぶはずが、意図せず〝社長〟と呼びかけてしまった。言い直そうとしたが、彼は気にせず質問に答える。 「そうだな。どちらも飲むが、自分で淹れるならコーヒーを選ぶ」  彼の口調がとても自然だったので私は先を続けた。
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