第一章 代打ですが仕事は完璧にこなします

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 今の私は眼鏡をかけ、白いシャツと黒いズボンという組み合わせにコートを羽織っていた。どこからどう見ても地味な格好だ。コートはともかく、これが制服なのだからしょうがないし、不満もない。 『株式会社Schatzi(シャッツィ)』に契約社員として勤め、この三月でそろそろ丸二年になろうとしていた。  新卒で内定をもらっていたので、本来は正社員として入社する予定だったが、お世話になっている伯母が大学を卒業する前に大きな病気を患い手術を余儀なくされたことから、病院への付き添いなどのために内定を辞退することにしたのだ。  母子家庭で仕事人間の母とは昔からあまりうまくいっていなかったが、その分伯母が私を気にかけていつも寄り添ってくれていた。私にとって伯母は母以上の存在で、伯母のための選択に迷いはなかった。  それからもうひとつ、内定辞退を決めたのには理由があった。伯母の仕事を代行するためだ。  伯母は家事代行業の会社を起ち上げて、自身も優秀なハウスキーパーとして働いている。そのノウハウを受け継ぎ、大学時代に伯母の会社でアルバイトをしていたという経緯もこの決断を後押しした。  内定を辞退する際に事情を話すと、落ち着いたら契約社員としてでも働いたらどうかと言われ、会社の厚意に私は素直に頷いた。今は伯母もすっかり回復し、本調子ではないにしろ仕事にも復帰している。  おかげでこの四月から正社員にどうかと、上司に何度か持ちかけられるようになった。ありがたいし私もできればそうしようと思っていたが、いろいろとあって今は断ろうと思っている。  第三者が聞いたら馬鹿だと思うだろう。
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