隠居妃はここにいる

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「それが……道が分からないのです」  困惑した商人の一人がゆっくりと口を開いた。ディランは片眉を上げる。 「山を降りればよいではないか」 「慣れた者でないと、先の村には辿り着けないと噂でして……だからあの者に頼んだのです。そうでなければ我々だけで行っております」 「そうだ。案内料まで取ってったんだぞ」 「そういえば、あいつは何処だ。金だけ持って、俺たちはここに残したままか。盗賊のせいで荷も無くなり、損しかない」 「盗賊はあいつのせいではないがな。護衛として雇った訳でもない」 「だが安全な道を教えると言ったのはあいつだぞ」  一人が不満を口にすると、栓が抜けたように次々と溢れていく。ライリーは彼らが持ち始めた憤りの圧で胸が苦しくなる。 「私が案内します。この先の村から来たので」 「ええっ!」 「本当ですか?」 「王子様が辺境の村に!?」  不満顔が笑顔へとぐるりと変化した。商人達の喜びように、ライリーは苦笑いを返した。 「王子様はいらっしゃいませんが」 「では従者様だけが?」 「いえ……」 やはり王子の従者と思われていたようだ。微かに下ろした肩にディランの手が乗せられて、ライリーは息を呑んだ。 「俺もいくぞ」 「……は?」 「山に隠された村か。良いではないか。ぜひお邪魔しよう。ライリー、ぜひ案内してくれ」  彼の無駄に輝かしい歯が眩しくて、目を細めた。王都で見た時とオーラが同じだ。キラキラとした煌めきを隠そうともしない。 「かしこまり、ました」  『関わりたくない』という気持ちはまだ残っていた。渋々頷き、村へのルートを頭の中で描く。少し道からは逸れてしまっているが、問題なく辿り着けるだろう。ディランの手を払いのける。 「こちらです」 「よし。皆の者ついて参れ」 「はい!」  商人は臣下のように仰々しく返事をした。  ライリー、ディラン、商人の順に歩き始める。ローガンはガードと会えただろうか。ミアに呼ばれて、すぐ主人を追いかけてきている筈だ。ライリーを追う時の彼は瞬間移動のように速い。どうか『怪我した商人』を送り届ける方に目的を変更しますように。彼らが王子と顔を合わせませんように。そう願った……そして願いが叶えられなかったことにすぐに気づいた。 「ライリー様!」 聞き慣れた声がした。恐る恐る声をした方を向くと、ブラウンの髪を振り乱した女性が走り寄っていた。 「ライリー様!」  彼女は長年付き従ってきた主人に抱きついた。甘い香りはいつも癒してくれたが、今回は動揺を消せなかった。 「ミア、あの」  ミアは体を離し、ライリーの手を握った。頬は赤らみ、細かく息を吸っている。走ってついてきたのだろう。 「本当にご無事で良かった。あの商人だけが下りてきた時はもう心臓が止まるかと思いました。1人でふらふらと動かないでください」 「ふらふらとって。ミアも1人で来てるのに」  彼女の後ろにはローガンの姿はない。 「私は良いのです」 「良くないよ」 「その通りさ!」  劇中で発せられるような澄んだ声が響く。ライリーのを握っていた手は男の手に絡み取られた。 「貴女のような可憐な女性が一人で出歩いてはいけない。さぁあとは俺に任せて。貴女は俺が守ろう」
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