隠居妃はここにいる

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 あまりの距離の近さにミアは身を引こうとすると、ディランは潔く手を放した。彼女は顔を顰め、無礼を働いてきた男を睨む。 「いったい何の……え?」 だが記憶力の良い彼女は、王都の広場を思い出す。あの時、褒めていた顔がすぐ近くにあった。困惑し、助けを求めるように主人へと顔を向けた。ライリーは彼女の瞳に静かに頷いた。 「王子……様?」 「ああ、そうだ。貴女も俺を知っていたか」 「もちろんです。もしかして……王子様は……姫を探しに」 「違う。ミア、待って」 期待した色を含んで、ディランを見上げるミアをライリーは後ろに隠した。ここで正体がばれる訳にはいかない。追放命令に違反したことが知られてしまう。だが、分け入ったライリーを男のたくましい腕が横へとのけた。また彼女たちの距離が縮まる。 「その通りだ」 「え?」 「え?」 困惑と期待の声が重なる。だがディランはミアの期待を裏切った。 「俺は……俺の唯一となる女性を探している。貴女は可愛らしい。細い少年を心配して入山するような強さもある。貴女なら俺の愛する女性になるかもしれない。俺の手をとってみないか」 提案しておきながら、彼はまたミアの手を握っていた。握られた本人はただ口を開いたまま固まっている。ミアだけではない。盛り上がっていた商人たちも像になったかのように動かない。王子として長年生きてきた自己肯定感は、周囲の雰囲気は気にならないようだ。ミアの頬に触れると唇を近づけて、、フッと笑った。 「もうおねだりか。随分と積極的だな。うっ」 ライリーがディランの体を突き飛ばす。鍛えられた体はかたく、当たった肩は痛い。その痛みは苛立ちが上回った。彼の胸元を握りしめる。 「なんだ。嫉妬か?嫉妬なら」 「中途半端にミアを口説くな」 「は?」 相手は王子で、記憶に残るような振る舞いをすべきではない。だがライリーの頭は、それを考慮できるほど冷静ではなかった。 「お前の言う通り、ミアは思いやり溢れ、いつでも愛らしい振る舞いで受け入れてくれる。でも大切なことは絶対に譲らない強さもある。料理は上手で、お店でも開いたら、行列必至なくらいだ。特に木苺のジャムは毎日食べても飽きない。隠し味は『愛』と答える照れ顔はジャムよりも甘い」  正気を戻したミア達が違う意味で動揺している姿はライリーの目には入らない。 「『愛する女性になるかもしれない』だと?ふざけるな。まだなっていないのか。ミアを愛し抜くと決めてもないのに、ミアに触れるな」
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