隠居妃はここにいる

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白い街並みの中で赤い髪が映えている。昔馴染みは記憶よりも身体が大きくなっていた。背の高さだけを争っていたのが懐かしい。鍛えられた筋肉に汗が流れていた。太い指で器用に絡まった網を解いている姿が妙に景色になじんでいる。セオは音を立てないように近づいた。 「殿下についていなくていいのか?」  後ろを振り返ることなく、ローガンが口を開いた。長年受け取っていた手紙からは昔の声が聞こえていたが、微かに掠れ、低くなっている気がした。 「その言葉そのまま返す」 「気付いたのか」 「当たり前だ。森でお前の気配を感じた。あの方の髪も顔立ちも変わらず美しかった」 王城で初めて見かけた時の衝撃を忘れたことはなかった。年相応の明るい笑顔と月のような銀髪が輝いていた。ディランも目を奪われていたのも知っている。政略結婚で落ち込んでいたのに、すぐに持ち直した主人に呆れた使用人もいた。ディラン自身は覚えていないのが口惜しく、セオは唇を噛んだ。 「なぜ、リリー様はあのようなことを……なぜ止めなかった」 「『動きづらい』といって聞かなかった」 「は?……違う。髪のことじゃない。盗賊に対してだ。盗賊を捕まえるのも、被害者と助けにいくのもリリー様でなくても良い。なぜ危険な真似を許した。侍女は何をしている。お前は役目を放棄するつもりか」 「……背後で守っていた」 「最初はいなかったのでは?」 「リリー様には傷付いてほしくはない」 「なら、危険から遠ざけるべきだ。この国の第二王子妃だぞ」  通常であれば王城で多くの者に守られながら、過ごす立場の人間だった。ただでさえ追放され、味方もいない身であるのに、自ら危険な場所に行くなんて信じられなかった。セオはディランが倒れてから、多くの貴族や王族を見てきた。リリー様と同じくらいの歳の令嬢は長い髪を飾り、華やかなドレスで身を包み、優雅に茶会に興じている。男の身なりをしたリリーに気付いた時、動揺して声をなくした。そして、いたわしい姿に胸が痛むとともに怒りがわいた。 「……知っている。俺の主だ」 ローガンの手は止まらない。 「なら主を守れ!」 「そのためにリリー様は自由でなければならない」 「ああ?……自由だと?それはギルドで働き、盗賊から町を守ろうとすることか?」 「そうだ」 彼は網から目を離し、顔を上げた。十数年ぶりに顔を合わせた友人の眉間には皺が刻まれていた。 「誰かの役に立つことが……リリー様の笑顔につながる。彼女の幸せを俺たちは守る」
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