隠居妃はここにいる

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 できるだけ音を立てないように騎士たちは少人数で動いていた。捕まえた盗賊たちからはアジトの情報をほとんど得られていない。せいぜい「あのあたりにいるんじゃないか」という程度の言葉だけが吐かれていた。末端の人間には詳しいことは知らされていないのだろう。村人たちは今まで怪しい人間を見なかったので、彼らの行動範囲を抜いて考えることができる。 「北東側に盗賊たちはいると考えられます」 北側には山道があり、人通りは多い。また東側は涼やかで穏やか川があり、よく村人は行き来している。西側は細い道しかなく、人は来ないが、ライリーたちが住んでいた。ローガンやミアが小屋の周囲(彼らにとって)をよく気にしている。盗賊や怪しい人間がいたならば、すぐに気が付くだろう。ライリーは自身の居住地は口にせず、セオに言うと「分かりました」の一言の後、優秀な騎士たちを集めた。 「しかし北の山道と違って、随分と木が生い茂っているな。本当にここにいるのか」 寡黙な騎士が周りを捜索しているのを眺めながら、ディランが金髪で手遊びをしている。ライリーはその言葉に息を詰めた。この地域に絞ったのは自分だ。もし間違っていれば王子と騎士団に無駄な時間を使わせてしまったことになる。責任を取らされるかもしれない。 『謀反』 『反逆者』 『罪人』 『極刑』 昔に聞いた言葉が脳裏に蘇った。微かに足が震え、地面に落ちていた枝を踏み折った音がした。肩に重みが乗った。心理的にも物理的にも。振り向くと、ディランの手が肩を掴んでいた。 「なんだ。少年を責めているわけじゃないぞ。隠れている賊が悪いのだ。騎士団も今まで見つけられておらん」 手の温もりと悪意などない瞳の輝きに声をなくし、見つめ返す。次第に彼の瞳は近づいていた。 「少年は案外綺麗な目をしているのだな」 「……っなにを……そんなことありません」 急な距離の近さに狼狽え、ライリーはキャスケット帽をかぶりなおしながら、十数歩退いた。 「なぜ逃げる」 「逃げてなどおりません」 「逃げているだろう」 「違います」 2人の追いかけっこは草木を揺らし、大きな音が立った。周囲を探していた騎士が振り向き、主人が村の少年(ライリー)を揶揄っているのを目にしては、呆れたように溜息を吐いた。 「おい、待て」 「大きな声を出さないでください」 「お前こそ」  ディランの手がライリーの帽子に伸びる。それを避けようと体をずらすと、彼も向きを変えた。あと少し……あとちょっとで手が触れる。その指先に視線を向けていると急に彼の手が下がった。 「うわっ」 驚くような声と枝木が折れるような高い音が鳴った。ディランの手は木の幹に置かれ、美しい金色の髪が乱れて顔を覆った。 「ディラン様?」 セオが急いで駆け寄ると、心肺無用とばかりに手を振り、髪を後ろに撫でつけた。 「ふう。少しバランスを崩してしまった。鍛錬が足りぬな」 「そうですね」 冷ややかに返した側近は足元を見下ろした。 「そこは否定してくれないか」 「いたしません。王宮の抜け出しの常習犯でいらっしゃいますので。ただ鍛錬不足だけではないようです」 セオの視線の先には足跡がいくつも残されていた。それはライリーの大きさでも、ディランの高価な靴の裏でもない。何人もの男が歩いた跡だった。
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