隠居妃はここにいる

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 王城から追放されたリリーには小屋が与えられた。貴族が住んでいるような屋敷の1割にも満たない大きさで、王都にいる民よりも小さい。だが幸いにも庭があった。草が生い茂る庭を畑に変えられたのは、ローガンとミアがいたからだ。10歳にも満たない少女だけでは出来なかった。王室からの仕送りもなかったため、生きる術を身に付ける必要があった。ライリーは畑の土で汚れた手を布で拭き取った。 「今年も何事もなく育つといいな」 「そうですね」 耕し終えた畑からは小さな芽が出ていた。初めて収穫できた日は文字通り飛び跳ねるほど嬉しかった。ローガンが水を入れた器を持ってきた。 「おっ畑仕事は終わりですかい」 「うん」 「じゃあ港に一緒に行きますか」 「もちろん。キャプテンの腰の具合も知りたいし」 「もう。歳ですからね」 「それ、本人にいったら怒れるよ」 「大丈夫です。俺、強いので」 「こき使われても知らないから」 「それはちょっと……」 渇いた喉に水が染み渡る。作業をしている時は自覚していなかったが、渇いていたのだろう。ミアが小屋から顔を出した。 「大きい身体してるんだから、役に立ってきなさいよ。せっかくの筋肉を無駄にするな」 「港で働くために鍛えたわけじゃないんだが」 「大丈夫よ。ライリー様には私がついてるから」 「分かってるが、ライリー様、危険なことはしないでくださいよ」 「ナイフを持ち歩いてるから平気。ローガンが教えてくれたおかげで、もう体の一部のように使えるよ」 ミアから土まみれの服を着替えるように睨まれながら、頷いた。ベスト裏にはいつもナイフを忍ばせている。自信満々に胸を張ると、二人分の溜息が落とされた。 「危険から身を守る方法よりも、危険に関わらないように教えてくれたら良かったのに」 「それはお前でも教えられるだろう」 「何?私のせいだとでも?」 「そうは言ってないだろ」 一触触発のような雰囲気に、ライリーは2人の間に入った。 「はいはい。喧嘩しないで。早く港に行こうよ。今日は商船も帰ってくる日だよ」 「誰のせいだと……」 侍女達が肩を落とす姿から目を逸らし、土まみれの服を着替えるために小屋に足を踏み入れた。新しい服……といっても、着古したシャツだ。皺まみれで、洗っても取れない汚れがついている。裾は傷み、短い糸が出ていた。傷んだ服を着ているのはライリーだけではない。窓の外で会話をしている2人の服も新品ではない。ローガンに至ってはボタンが幾つもなくなっていた。胸元が開いているのは気温だけが理由ではない。煌びやかな場にいる騎士たちと違い、彼らが身にまとっているのは地質素だった。ちくりと胸が痛む感覚に数度瞬きをして、乾きたてのシャツに袖を通す。何度かドアに向かう足を止めると、竹細工の小物入れから小さな紫色の包みを取り出した。 「ライリー様、少し遅いわね」 ミアの声が聞こえて、小走りで庭に出る。 「お待たせ。ローガンは着替えなくても平気?」 「どうせ汚れるんで」
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