隠居妃はここにいる

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   ミアが叫びながらポーチを投げた。彼女のポーチは『魔法のポーチ』と呼ばれている。実際に魔法がかけられている訳ではない。なのに必要な物が必要な時に出てくる。ポーチ自体の大きさからは考えられないような物までが現れることもあるので、容量はどうなっているのだろうと疑問に思った人たちがポーチに名付けたのだ。  ライリーは走りながら、彼女のポーチを受け取った。麻布で作られたポーチは柔らかいはずなのに、ずっしりとした重さがあった。受け取った手の平が痺れる。  過保護な侍女がライリーを止めないのは止めることができないからだ。仕え始めてから今までで学習している。止めない代わりに彼女はメガホンを握った。 「ローーーーガーーーーン!!」 海に向かって喉が切れるような声を上げた。可憐な姿からは想像できないような声は街中に響き渡り、安穏とした生活を送っていた人々の目を覚まさせる。その声に殆どの人が微かに笑みを浮かべた。商団を走り去ったライリーはかすかに唇を噛んだ。 「ライリー、今度は何をしたの?」 「あんまり心配かけんなよ」 街ではすれ違い様に声をかけられる。『何もしていない、今回は』という言葉を出す余裕はなく、会釈だけを返して、北に急いだ。  男が逃げ込んできた時点で襲われてから何分も時間が経っているので、盗賊と会えないかもしれないが、被害者の手当ぐらいはできるはずだ。山を登っていくと人の姿が見え、さらに足を速める。フードを被った後ろ姿しか見えないが背は高そうだ。服の上からでも逞しさが分かる。盗賊か商人か……。ライリーは暫しの間、息を潜めて近づいた。顔見知りの商人ではない。男の腰の辺りに鞘があり、武器を持っていることが窺い知れた。その男のそばでは誰かが蹲っているようだ。身なりだけを見るとそちらが商人のように見える。隠し持っている小刀に手を近づけた。自ら攻撃はしない。ローガンからは攻める方法は習っていない。知っているのは身を守る術だけだ。ジリジリと男に近づいた。 「!!」 急に男は振り向き、剣を抜く。眼前に切先が迫り、ライリーは後ろに飛び退いた。 「賊……ではなさそうだな。1人で出歩くのは危ないぞ、少年」 彼は剣を鞘に納めた。フードは外れ、眩いほど輝く金色の髪が風に靡いていた。 
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