隠居妃はここにいる

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彫りの深い整った顔立ちは華やかな印象だ。表情からは自信が溢れていた。うずくまっている商人とは異なる、傷みのない服装からは彼が良い身分であることを隠しもしない。身分の高さは服装以外から知ることができた。ライリーは眉を顰めるのをすんでのところで留めた。平常心を保とうと微かに息を吸った。 「誰ですか?」 大丈夫、声は震えていない。10年ぶりに顔を合わせた動揺は表には出ていない。このまま知らない振りをしようとライリーは決意した。彼は笑みを浮かべたまま、腕を組んだ。 「名前を尋ねるなら、先に名乗るべきだと母から習わなかったか?少年」 「……不審者に名乗る名前はありません」 「その言葉、少年にそのまま返すよ」 「少年ではありません」 「あはは、大人になりたい年ごろだな」  ピクリと自身の瞼が痙攣したのを感じた。王子はこんな性格だっただろうか。彼と唯一顔を合わせた日を思い出そうとするが、倒れた姿が印象的で大したイメージは浮かばなかった。 「うっ……」 「あ、大丈夫ですか」 うめき声でライリーは眼の前の男から商人へと注意を移した。髭を生やした、細い体の商人の元へと駆け寄った。見たところ、怪我はしていないようだ。 「怪我はなさそうですね、ガードさん」 「ああ……うん、ライリーがどうして……」 「さっき『盗賊がきた』ってギルドに来た人がいたから」 「そうか。盗賊なら大丈夫だ。あの人が追い払ってくれた。他の奴もたぶん逃げられているさ。あいつらは逃げ足が速いからな」 「でも切られた人もいるでしょう?」 ギルドに逃げてきた人の肩からは血が流れていた。襲撃の場から逃れたからといって怪我が1つもないわけではない。 「まあ、な」 「他の人はどの方に?手当をしたいのだけど」 「あっちにまとまって行ったぞ」 金髪の男が東の方を指差した。 「……ありがとうございます」 「いや、俺も行く」 「え?」 「少し聞きたいこともあるからな」 「そうですか」 できるだけ関わりたくないが、言い合いもしたくない。ライリーは周囲を見回した。商品のようなものが見当たらない。疑問が口をついた。 「商品はすべて奪われたのですか?」 「そうみたいだな。随分と手際のいい賊だったようだ」 高貴な男は商人へと目を向けた。ガードがびくりと体を揺らす。 「ああ……助けてくれてありがとうよ。あんたが来なければ、今頃俺は……ありがとう」 「いいや。1人だけ盗賊に捕まるなんて運がなかったな」 「あっああ、あはは。そうだな」 ガードは苦しそうに笑った。よっぽど怖い目にあったのだろう。盗賊に捕まるなんて不安だったはずだ。 「私は皆を探してくるから。ガードさんは落ち着いたらギルドに戻って」 「おう、気を付けろよ。ライリー」 「うん。じゃあ行ってくる」 ライリーは西に向かって足を踏み出した。同じように男も後ろからついてくる気配がした。気付かれないように息を溢す。ローガンやミアが追いつく前に、どうか彼と離れられますように。そう願った。
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