隠居妃はここにいる

9/25
前へ
/25ページ
次へ
 幸い商人達の傷は深くなく、処置はポーチで事足りそうだ。ライリーは黙々と傷に薬を塗り、包帯を巻いていた。集まっていた商人達に顔見知りはいないのが理由ではない。話す隙がなかった。 「王子様、ありがとうございます」 「こんな美しい方にお会いできるだけで、怪我なんて治っちまいそうだよ」 「ありがたやー」 彼らの興味は全てディランに向いている。ライリーの存在など認識していないようだ。視界には入っているだろうが、付き人として『王子』の枠組みに組み込まれている。注目を浴びた当人は処置には携わらず、褒め称える言葉を受け続けていた。 「そうか、なら来た甲斐があった」 「ありがとうございます。ほらもう血も止まって。王子様のおかげです」 中年の男が包帯を巻いた手首を上げた。盗賊から逃げる際に躓き、地面に手をついた際にできた擦り傷が隠されている。ちなみにその包帯を巻いたのは彼ではない。 「よいよい。気にするな。安静にするんだぞ」 「はい。ありがとうございます」  ライリーは全ての怪我の処置を終えて、立ち上がった。おそらくギルドの人たちも心配している。荷物以外は無事だったことを報告したい。そう言おうと口を開いた。 「あの「そうだ。お前達から聞きたいことがあるのだがよいだろうか」 が、言葉は遮られた。もちろん無駄な輝きを放っている男に。 「もちろんです」 ライリーは高貴な人に質問されて舞い上がる人たちを眺めた。ディランは満足気に頷く。 「盗賊に捕らえられていた男とはどんな関係だ?」 「この先の村まで案内してもらってました」 「噂は聞いていたのですが、何分山に囲まれていて」 「行き難いったらありゃしなかったからな」 「道を知ってるつうんで教えてもらってたんですよ」 彼らは口々に答えた。 「なるほど。昔からの知り合いって訳ではないんだな」 「ええ。それがどうしましたか?」 「いや、少し気になっていただけだ。そろそろ村に行き、お前たちも休め。よいな」 ディランは腰に手を置いて、胸を張った。だが、商人は皆眉を下げる。先程まで王子の言葉全てに頷き、肯定していたような者達は浮かない顔をしていた。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

45人が本棚に入れています
本棚に追加