プロローグ

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「あ、猫」  白虎君が突然言うので目をやると、猫が道端で丸くなって日向ぼっこをしている。 「持って帰ろうか? 猫」 ─ は? まただ。 「持って帰って、お父さんにあげようか? 猫を貰って怒る人はいないでしょ? 」  心配なのはこういう所だ。かなりの頻度でおかしな事を言う。  それでいて、おかしな事を言っている自覚が全くと言って良いほどない。 「ダメだよ。付いてるでしょ? 首輪」  そういう事でないのは重々承知しているが、彼を取り敢えず納得させるのに、こう言う他にない。二年の間に漸く分かった事だ。 「あぁ、そうだったね!首輪付きの猫は縁起が悪いって婆ちゃんも言ってたわ」 ─ そう言う事ではない。  そして、まず他では聞いた事がない民間伝承。婆ちゃんしか言ってないはず。  この人のお婆ちゃんが言っていたこの手の話は、今までにも沢山あったが、一つとして聞いた事があるものはない。  機会があれば一度会ってお話を伺いたいものだが、もう既にこの世の人ではないのが残念な限り。 「そういえば、ちゃんと持ってきましたか? お土産は」  話の流れで心配が込み上げてきたので、大丈夫とは思うものの、一応は確認を。 「ああ! それだったらバッチリ! 後部座席に置いてあるでしょ? 」  振り返って確認すると、読解できないレベルの草書文字が印刷された薄紫の紙袋が確認できた。  体ごと手を伸ばして辛うじて袋の端に手を掛けて中身を確認すると、私の心配を余所に中はちゃんと和菓子の菓子折りっぽかった。  中身は何ですかと聞くと、 「ん? ああ、大福」 とだけ答える。子供か? 子供なのか? 「あぁ、大福ね。大福って言っても、ほら、種類が色々あるんでしょう? 」  できるだけ優しく聞こえるように工夫してみるが限界がある。口調に角があったかもしれない。 「え? 大福に種類はないでしょ? 求肥の皮があって中に餡が包んである、それが大福。今回のはフルーツ大福だから、強いて言えば中のフルーツに違いはあるかもしれないね」 ─ それが種類だと言っている。 「・・・・・・」 ─ 言わへんのかい! 強いて言えばのその、フルーツの違いって奴は言わへんのかい! 「駅前の秋月庵のフルーツ大福だよ。センスあるでしょ? 」  聞いて良かった。安心した。  これまでの、誕生日とか各種記念日での経験から言って、白虎君の贈り物に信用は全くない。  場合によっては人生を左右するかもしれないこの大一番に失敗は許されない。彼にしては、フルーツ大福とは上々のチョイスだと思う。 「でね、大福だけだとアレだからさ」 「アレ」とは「どれ」なのか 「メッセージカードをね、入れてもらったんだよ」 ─ エエエエええっっっっっ!!!!!!!! 何と言う事だろうか。初対面の交際相手の両親に向けてどんなメッセージカードを送ろうとしているのか 「えっと…メッセージって…ど、どんな? 」 「な、い、しよ」 ─ そういうのいらないから! 言えよ! とっとと! 不安だから。 「えー、何で教えてくれないのぉ? 」 心とは裏腹に猫撫で声で聞いてみる。 私には二年で培ったノウハウがある。 「だって、これから人生を左右するくらいの大事な挨拶をしに舞ちゃんの家に行くんだよ? 」 ─ ちゃんと解ってるじゃないか 「そりゃあ、内緒にもしたくなるよね」 …なんでだよ! 何で大事な挨拶をしに行くなら内緒にしたくなるんだよ!
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