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左手が川で、右手にはズラリと民家が立ち並ぶ。こうなってはもう、来た道をひたすらバックで戻るしかない。
「舞ちゃん、バックできる? 」
─ いやできねえよ! ここに来て、丸投げしようと言うのか。
「知ってると思うけど私、ペーパードライバーだよ? 白虎君お願いします」
「仕方ない、頑張るか」
普段は訳が分からない事ばかり言うのだが、いざという時にやる気を出せば、ピンチをチャンスに変えられる程の頑張りを見せてくれる。
そこが彼の良いところでもある……
…く、車を降りている! 今、何が起きているのか俄かに理解し難いが、運転席のドアがバタンと閉まる音がした気がする。
そして、何度見ても運転席は無人で、車はアイドリングのまま停車中だ。
焦るやら腹が立つやらで、携帯電話を鳴らしてみたら、私の真横でバイブの音がしたので、もう諦めて待つしかない。
永遠と思えるくらいに長く感じた十分間。漸く運転席のドアが開き、彼が戻ってきた。
…………て誰!? この人!?
「じゃ、お願いしますね」
窓越しに白虎君がにこやかに頭を下げた。
車が緩やかに後進し始める。手を振る白虎君の姿は前方に流れて、やがて窓から消えていった。
運転席のスポーツ刈りの小太りの男性は助手席のヘッドレストに手を掛けてリアウインドウを目視しながら、黙ってハンドルを握っている。
「あ、あのぅ…」
「あぁ、大変でしたねえ。県外から来られたとかで。急がないと。危篤なんでしょ? お婆さん」
何の話をしてらっしゃるのか、またもや理解が追いついていないので、唯々「ええ、まあ」としか答えようがないのだが、奴が善人を騙くらかして、良心に漬け込んだのは明白だ。
「どうもありがとうございました。」
「いやあ、この辺は狭い行き止まり多いから、この後も気をつけてね」
笑顔で礼を言い何事も無かったかの様に運転席に滑り込んだ彼を、冷ややかな目で見つめる。
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