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静かで孤独。
それでいて優しさを感じるような、立派な幹。
深い緑に艶やかな葉を躍らせてモミの木は立っている。
かじかんだ手を無理やり温めようと、ポケットへと差し込んで擦るが、かじかんだ手は何も感じない。まるで僕の心のよう、凍りついた心は温かさも悲しみさえも何も感じない。一体いつまでこうしているつもりだろうか。ぼくは何がしたいのだろうか、自分で自分が分からず天を仰ぐと濃紺の空が広がっていた。
知らず知らずのうちに、ぼくはモミの木の根元に座り込んでいた。何も考えずただただ、その静けさと寒さの中に浸っていたい。そんなことを思い目をつぶると、音が聞こえてきた。そう、まるでモミの木の葉がこすれあうような音が。
シャン シャン シャン
「朝ごはんですよ」ふと浮かんできた面影は懐かしい母。
「なにやってるの。早く起きなさい」いつも元気な桐姉さん。
「朝から騒々しいなあ」やさしいけど怒ると怖い、梶兄。
「おはよう。楸」穏やかでいつも笑っていた父。
シャン シャン シャン
真っ赤に燃え上がる家。町。
「逃げるんだ、楸」
後ろで父さんの声がする。嫌だ、嫌だ、嫌だ…
立ちすくんで足が動かない。バキッ、メリメリ...嫌な音がした。
「逃げろっ、楸。逃げてくれ」
梶兄の悲痛の叫びを聞いても足は動かなかった。。怖い、怖い、怖い…
ガシャン
ガラスが砕け散る音がする。生臭いにおいが黒煙とともに僕の体を襲う。突如背後で火柱が立った。
「逃げて....くれ....ひ....さ....ぎ........」
最後の言葉が聞こえるか聞こえないかの瞬間、炎が父さんの体を襲った。
「死んじゃ嫌だ。おいていかないで!!」
「楸、頼む。 生きてくれ。た、頼んだぞ....」
梶兄がせき込みながら続ける。
「に....げ…ろ…」
声を振り絞ったが最期、そのままがっくりと首をたれた。
「駄目だよ兄さん。一緒にコンサート行くって約束してたじゃないか」
ぼくは梶兄の体をつかむと揺さぶり続けた。熱風とともにどこかでガラスの砕ける音が響く。
シャン シャン シャン
「あれが次期社長か」
クスクス
何がおかしいんだ?
「火事で家族を亡くしたそうね」
「まあ、可哀想に....」
かわいそう?それっていったいどんな意味で言ってるんだ?
同情....。
「ふん。何よちょっと社長に気に入られたからって」
「そうよ。どこの会社の子?」
冷たい視線と子供のような嫌がらせは日常茶飯事。僕がいつ、そんなに悪いことをしたんだろうか?
シャン シャン シャン
ヒソヒソ
(小声でささやく声)
「あれが社長の跡取り」
「まあ、おいくつなのかしら?」
「それが…十年前の火事で....」
「まあ、じゃあどこの子かもわからない....」
「ふーん」
まるで、変な生き物を見るような目で...
一人また一人と僕の前から人たちは去っていく。僕は何を間違ったのだろう。
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