月夜に人となりて

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 目の前には大きな月がただそこにいる。身の回りのものはいろいろ変わるけど、月は何も変わらない。太陽は眩しすぎて見ることができないけど、月だけははっきり見ることができる。毎日毎日月を眺めていた。今日もまた眺める。  僕は生まれて初めて自由になった。言われたことだけをやって、言われていないこともやらなければいけない。毎日殴られたし蹴られたし、食べ物はほとんどないし。何かあったらとりあえず全部僕が悪い。イライラしたらとりあえず僕を殴っておけば良い。  それが当たり前すぎて、僕は自由への憧れなんてなかった。  それが今はどうだ、僕は今絶対的な自由を手に入れた。これを自由って言わずしてなんて言うんだ、だって何もないんだ。僕の目の前には月と、大海原が広がっている。といっても真っ暗だから海はほとんど見えないけど。  奴隷として船で働かされる毎日。今日は船員たちの機嫌がちょっと悪かった。たくさん殴られてたくさん蹴られて、海に放り落とされた。その様子をあいつらはゲラゲラ笑って、そのまま船はどこかに行ってしまった。波が穏やかで、沈む事は無いけど。だんだん手足がしびれてきた、体が冷えてきたんだと思う。  太陽が高いうちに放り込まれて今は夜だから、結構長いこと海に浮いていた。波の音しか聞こえない。目の前には月しかない。  僕は今自由だ。僕に誰も命令しない、殴ってこない、自由なはずなのに。  なんでこんなに不安なんだろう。何もしなくていいのに、何かをしてないと不安で不安で仕方ない。僕はあとどれぐらい生きられるんだろう。食べ物なんてないし、船が通りかかるなんてそれこそ奇跡みたいなものだ。  予定より遅れているから普段通らない海域を通っているとあいつらが話してた。通っちゃいけないって船乗りの間では有名だったらしいけど、結局通ったもんな。だから他の船が通るなんて事は無い。  海に浮いているといろんなものと出会う。酒の瓶とか、木の板とか、海藻とか。みんなゆらゆらと、ぷかぷかと彷徨っているだけ。僕はその一員になった。僕は海のゴミなんだろうか。自由になったのに、人間からゴミになってしまうなんてずいぶんな話だ。  少しずつ波が荒くなってきた。何か掴まるものが欲しいけど、暗くてよく見えない。 「自由ってなんでこんなに辛いの?」  親の顔を知らない、気がついたら売られてたから。
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