月夜に人となりて

2/6
16人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
「自由になったら幸せになるって思ってたんだけど。全然そんなことない」  誰もいないし、誰も助けてくれない。今僕がここにいるっていうことを誰も知らない。もしかしたら、自由ってそんなに幸せなことじゃないんじゃないのか。やれって言われたことをやってた方が生きている実感がわいた。そっちの方が幸せだったんじゃないか。  奴隷は勝手にしゃべってはいけない、感情を出してはいけない。人間みたいな生活をするな、お前らなんざ俺たちとは違うんだから。そんなことを毎日言われた。あの中にも幸せがあったのか。  嵐が来るのか、どんどん波が荒くなる。波に飲まれたらもう終わりだ。僕の人生ってここで終わるのか。悲しさも悔しさもなくて、涙も出ない。  その時、肩に何かがぶつかった。手探りで触ってみると、結構大きいものだ。もしかしたらこれにしがみつけば溺れずに済むかもしれない。なんだかそれが嬉しくて必死にしがみつこうとしたんだけど。  月明かりで見えてしまった。それは人間だった。溺れたのか、もう死んでいるのはわかる。でももっと最悪なのは。  こいつが、僕を海に放り投げた本人だってことだ。  辺りが暗くて気がつかなかった、手探りでそこら中を触ってみれば木片がずいぶんと多く浮いている。船が沈没したんだ。どこかで嵐が起きたのか、だから今波が荒い。 なんだこいつ、死んだじゃないか。悪いことをするからだ。そんな気持ちもあったけど、心が穏やかじゃない。  高い波をしのぐには何かに掴まった方が良い。でも今僕がしがみつけるのはこいつくらいだ。木の板はみんな小さくてとてもしがみつけない。  僕を海に放り込んで、こんなことになった原因に僕はすがりつかなければいけないのか。なんで? この後に及んで? どうしてこいつは死んでまで僕を辱めるんだろう。 「誰がお前なんかに」  なんでこいつに助けを求めないといけない。 「お前ふざけるなよ!」  とうとう言ってやった、ずっと言ってやりたかった。しかも死んでいるし。生きているときに言ってやりたかったのに。 「なんでお前にしがみつかなきゃいけないんだ、冗談じゃない!」  叫ぶから海水を飲んでしまう。何かに掴まらないと本当に波に飲まれてしまう。僕はどこまでも奴隷で、いつまでもこいつの下にいる存在なのか。命を取るか、悔しさを取るか。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!