月夜に人となりて

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「お前なんか海のゴミだ、木の破片と一緒なんだよ! 僕は、僕が生きるために掴まるだけだ! ただの塊に!」  一体誰に、何を認めてもらいたくてそんなこと言ってるのか。涙が出た。死ぬかもしれないという恐怖で泣いたこともないのに、僕は悔しくて泣くのか。  泣きながら、チクショウ、チクショウ、と叫びながら。僕はそいつにしがみついた。こいつの腰にはナイフがついたままだ。これがあれば何か使えるかもしれない。  いっそ、死体でもこいつの首を切り刻んでやろうか。そんな思いも生まれたけど。 「……これはただの海の藻屑だから。ゴミを切り刻んでなんだっていうんだ。疲れるだけだ馬鹿馬鹿しい」  自分に必死にそう言い聞かせた。虚しい、僕は今を生きるのに必死なだけでそんなことをするために生きてるわけじゃない。  満月の夜は愛が生まれると船乗りたちが酔っぱらいながら言っていたことがある。素敵な出会いがあると。町におりれば美しい女。じゃあ海では? 人魚にでも会うかもな、なんて笑っていた。  なのになんだ、僕が出会ったのはゴミばかりだ。クソ野郎と出会った。こんな広すぎる海で。奇跡じゃないか、なんなんだ。何の運命だ。  いくらか波が落ち着いてきた頃、僕は眠気に襲われる。本当に眠いのか、それとも死が近づいているのかわからない。寝てしまおうか、どうせ助からない。そんなふうに考えた時だった。 「え?」  明るすぎる月明かりに、僕はまた見つけてしまった。海面にチラリと見えた大きなヒレ。すぐに海の中に沈んだけど間違いない。  鯨やイルカだったらそんなに海の中に潜っていない。エラ呼吸の魚、そしてあの大きさは。 「鮫!?」  なんで忘れてたんだろう、鮫の存在を。以前船員たちが面白半分に鮫が多く出る所で、奴隷を放り込んで食わせて楽しんでいたことがある。その時のことを思い出してしまって僕は恐怖で体が動かなくなってしまう。  あの時次は僕の番かもしれないと震えながら縮こまっていた。子供の体なんてポイっと放り込みやすい。実際他の奴隷たちからは「落とすならこのガキにしてくれ! 役に立たないし小さいから餌に丁度いい!」と叫んでいた。明日を一緒に生きような、なんて言っていたのに。泣きたくなったけど泣かなかった。  結局船員から「餌はデカイ方がいいだろうが、やっぱ奴隷って馬鹿だなあ!」と笑いながらそいつが放り込まれた。
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