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鮫に食われるのは最悪だ、海の中に引きずり込まれて海が一気に真っ赤に染まる。悲鳴なんて聞こえないけど、海の中で一体どんなふうになってしまってるんだと怖くて怖くて見ていることができなかった。それなのにこいつらときたら、それをゲラゲラ笑いながら見てるんだ。人間じゃないなって思った。
一匹だけだろうか、いやだ、噛みつかれたら終わりだ。窒息じゃなくてバラバラになって死ぬんだ、痛みを叫ぶこともできない。
そうだ、船員たちが話していた中で「鮫は血の匂いに寄ってくる」って言ってた。僕はナイフを握りしめる。そして生まれて初めてかもしれない、腹の底から笑った。
「あ、はは、あははは! 役に立ってくれてありがとう!」
散々な目にあってきた。それをやってきた張本人にまさかお礼を言う日が来るなんて。
僕はこいつの首を思いっきりかき切って血を溢れさせる。そして大急ぎで泳いで離れた。手足がしびれていたのなんて嘘のように、必死に泳ぐ。月明かりではあまりよく見えないけど、ざぶんざぶんと音がしてあっという間にあいつはいなくなった。
「なんなんだよ、何なんだよチクショウ!」
僕は一体何をしてるんだ? 海を漂って、憎い相手にしがみついて、最後は自分が生きるためにその死体まで利用して。自由になったら、自分が生きるために誰かを犠牲にすることをあっさりやってのけた。
あんな奴らと一緒になりたくないと思っていたのに。誰かを助けられる立派な大人になるんだと思っていたのに。一番なりたくない人間の姿になった。
「ちくしょう!」
僕は吠える、満月に向かって。僕は泣いているのかもしれない。奴隷という、普通の人間とは違う生き方をしてきたのに。僕は自由になって人間になった。そしたらこのザマだ。
「ちくしょう! 僕は人間じゃないじゃないか! ふざけるな!」
「海に浮いてるのに助けて、じゃなくって悪態ついてるやつは初めてだ。面白いなお前」
突然後ろからそんな大きな声が響いた。感情が高ぶって全然周りを注意してなかった。振り返れば大きな船があった。甲板から顔をのぞかせている数人の男たち。松明を持っていて彼らの顔がはっきり見える。
どこからどう見ても、ろくな奴らじゃなさそうだ。そもそもこの海域を通ってはいけないと言われていたのは、海賊が出るから。
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